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財団法人日本ユニセフ協会

世界の子どもたち

≪2002年7月8日掲載≫

足で歩いて、声をかけて
ポリオ根絶に向かって地道な活動を続けるスカウトたち
<アンゴラ>


 「こんにちは、私はイサベル。」10代の少女が笑顔を浮かべて女性に話しかけます。女性は幼い女の子を背負い、頭にのせたプラスチックの青いボウルには市場で買った品物が満載されています。「ポリオについて知ってますか?この週末、アンゴラの5歳未満のすべての子どもを対象に、ポリオワクチンの無料接種があるんだけど、そのことを知ってますか?」
女性はいぶかしげにイサベルを見つめます。「あなたは誰なの?」すると彼女はこう答えました。「私の名前はイサベル。ガールスカウトです。あなたのお子さんが健康に育つ方法があるんです。」2002年6月22日、土曜日の朝。ルアンダにあるサンパウロ市場は、熱気とほこりに満ちています。女たちが地べたに座り、野菜やニワトリ、干し魚、古着、石鹸、炭、ナイフ、ランプ、時計、ウイスキーなど、ありとあらゆるものを売っています。人びとはにぎやかにしゃべりながら値段の交渉をしたり、狭い通路をすり抜けたりしていて、ゆっくり話ができる場所ではありません。

 女性は頭にのせていた大きなボウルを下ろし、地面に座って、女の子を背負いなおしました。イサベルがひざまずいて話を始めると、女性の背後にほかにも数人の女たちが集まってきました。「ポリオという病気になると、この子の手足が使えなくなってしまうの。」イサベルはていねいに説明します。「でも今週末と、あとは7月と8月に1回ずつ、この子の口に2滴の薬をたらせば、一生ポリオにはならないのよ。」

 「まあ、手足がだめになる病気だって? うちの子はそんな病気にさせたくないわ。」母親はまぶしい陽光の下で顔をしかめます。「それにはいくらかかるの?。」
「ただよ!」イサベルはすかさず答えます。「週末のワクチン接種は、みなさんの自宅でやります。明日の朝は、お子さんと家にいてください。担当者がやってきて、ポリオから守るワクチンを接種してくれます。」
「ほんとに無料なの? ただなんて怪しいわ。」
「ほんとうなんです、お母さん—明日の朝、担当の人が来るまで家にいてくださいね。ワクチンは無料ですから。」
「わかったわ。明日はワクチンを待つことにする。教えてくれてありがとう。」女性はそう言って立ちあがり、女の子を背中にしょいます。そしてボウルをふたたび頭にのせました。「さてと、家族のために食べるものを買わなくちゃ。」

 18歳のイサベルがサンパウロの市場で行なっているのは、社会動員活動です。12歳のカルロスと15歳のファティマ、18歳のジョアンもいっしょで、彼らはみんなアンゴラのガールスカウト、ボーイスカウトのメンバーです。アンゴラ保健省が、6月21〜23日に第一回全国ワクチン接種デー(National Immunization Day: NID)を実施するのにあわせて、約7,000名のスカウトたちがこのようにアンゴラ全土で意識向上活動を展開しています。ユニセフをはじめとするパートナーの支援を受けて、この週末にアンゴラで300万人以上の子どもがポリオワクチンの接種を受けることになっています。野生株のポリオウィルスが存在する国は今、8か国しかありませんが、アンゴラはそのひとつです。ちなみにヨーロッパでは、今年6月21日にポリオ根絶が承認されたばかりです。

 「明日もあちこち歩きまわって、みんなに話をするわ。」とイサベルは語ります。「こういう努力を続けていけば、いつかアンゴラからポリオをなくすことができる。私がこの活動を始めて3年になるけど、ポリオキャンペーンのことを知っている人がどんどん増えているの。ラジオやテレビ、新聞でも報道されているし。でもまだ、キャンペーンのことをまったく知らない人もいて、お金がかかるとか、昔ながらの薬でポリオを防げると思っている人もいる。だからこうして市場でひとりずつ声をかけたり、少人数で話をすることが大事なの。『ポリオとその予防について』というパンフレットも配るわ。私たちの説明を聞いた女の人たちは、口コミで話を伝えてくれるの。とくにこういう市場ではね。字が読める女の人が、読めない人たちを集めてパンフレットの内容を教えてあげることもあるのよ。」

 12歳のカルロスは、スカウトの4人のなかで最年少です。彼もほかの仲間とともに、ユニセフが支援する社会動員の訓練に参加して、ポリオの知識の身につけ、話しかたの指導を受けています。説得力のある話をしようとがんばっている彼は、古ぼけて色のあせた緑色のかさの下にいる女性のかたわらにしゃがみ込んで、話しかけました。女性は注意深く耳を傾けていましたが、話が終わると、にっこり笑ってカルロスのほおを軽くたたいて言いました。「あなたはとてもいい子ね。でもこの話は私にしなくてもよかったのよ—うちの子は今朝市場に来る前に、接種をすませているの。さあ、ほかの女の人たちに話していらっしゃい—まだ知らない人たちもいるわ。」

 2002年4月に停戦協定が合意されたことで、それまで内戦のために足を踏み入れることのできなかったアンゴラ各地でも、ポリオのNIDキャンペーンが展開できるようになりました。この週末には、接種担当者やボーイ・ガールスカウト、地域の指導者など総勢3万人のボランティアが参加し、こうした地域や住宅地で数万人の子どもに接種を行ないます。子どもたちは何年ものあいだ、接種を受けることができなかったのです。5歳未満の子ども全員が接種の対象なので、これまで接種を受けられなかった子どもに確実に受けさせるためにも、キャンペーンでは戸別訪問して接種する方法をとっています。

 カルロスはにっこり笑って立ちあがると、イサベルのところに行きました。彼女は苦戦しています。「だめだめ、ワクチンなんかいらないよ!うちの子には昔からある薬をやってるから、それで十分だよ!」赤ん坊を背負った女性が、イサベルにそう言っています。でもイサベルは笑顔を浮かべて、引き下がる気配を見せません。「でもね、お母さん—この子にワクチンを与えないと、ポリオになってしまうの…強い子になれないわ。」

 「いやだよ! 昔からの薬だけでいい!」ちょうどそのとき、松葉杖をついた若い男性がそばを通りかかりました。彼の左足は縮んでぶらぶらと揺れています。「ほらごらん、昔から伝わる薬を飲まなかったからだ。」男性が行ってしまったあと、女性は小声で言いました。やがてイサベルのまわりには女性たちが集まって、彼女の応援をはじめました。みんな笑顔を浮かべて、数滴のワクチンは決して子どもの害ではなく、むしろためになるのだと明るく説明します。「うちの赤ん坊は今朝やったよ。」とそのうちのひとりが言いました。「よくお聞きよ—私たちはあんたの子どものためを思ってるんだよ。」別の女性も声をかけます。「このガールスカウトの子は正しいよ—ワクチンは効きめがあるんだから。」と言ったのは3人目の女性です。しかしまわりからいろいろ言われて、当の女性はますます態度がかたくなになってしまいました。

 そのとき、ずっと話を聞いていた最年少のカルロスが割りこんできました。彼が女性のひじをそっとつかむと、彼女は険しい表情でカルロスを見おろします。「お母さん、」カルロスは彼女の目をまっすぐ見上げ、親しさを込めて話しかけました。「昔からある薬と、ワクチンの両方をあげればいいと思うよ…危ないことはないから。」

 その場にいたみんなが、カルロスに注目します。彼は女性の目を見つめていましたが、やがてかすかに眉を上げ、ちょっとだけ肩をすくめました。女性も一瞬カルロスを見たあと、顔を上げて周囲を見回します。みんな彼女の反応を待っているのです。女性は笑顔になって、誇らしげに宣言しました。「よし、決めたよ。うちの赤ん坊には、昔ながらの薬とワクチンの両方をやることにする。そうすればもっと強い子になれるからね!」そう言うと、彼女は向きを変えて雑踏のなかを歩きだしました。彼女の面目は保たれたのです。 「カルロス、よくやったわ!」イサベルはそう言って彼の肩を抱きました。「今度、昔からの薬だけでいいと言い張る人には、私もあなたと同じように言うことにするわ。」 「ありがとう」カルロスは答えます。「僕もイサベルからたくさんのことを学んだからね。さあ、話しかけを続けようよ!」

 ユニセフはガール・ボーイスカウトの社会動員訓練を支援するだけではありません。1997年以来、アンゴラに経口ポリオワクチンを提供しているのはユニセフだけです。今年は1,700万人分のワクチンと冷蔵設備を保健省に提供しました。さらに接種の質を向上させたり、接種率を引きあげるための技術的な支援を行なったり、NIDに関連するこまごました計画を立てています。また主にラジオを使ってアンゴラ全土の住民に告知を行なうなど、メディアを中心とした社会動員の努力も続けています。

 アンゴラ保健省によるポリオNIDは、ユニセフのほかに世界保健機関(WHO)、ロータリー・インターナショナル、米国国際開発局(USAID)、米国疾病管理予防センター(CDC)アトランタなどが支援を行なっています。またイギリス、日本、アメリカ、ノルウェー、スウェーデン、フィンランド、カナダ、ポルトガル、オランダ各国の政府と、民間企業も資金を提供しています。こうした力がひとつになって、2002年末までにアンゴラにおける野生株ポリオウィルスの感染をなくし、2005年までにポリオそのものを撲滅することを目標に、大がかりな共同作業が続けられています。

<2002年6月22日(ユニセフ) ルワンダ
ユニセフ・アンゴラ広報担当官 Kent Page>

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