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財団法人日本ユニセフ協会

世界の子どもたちは今

コートジボワール:元子どもの兵士の新たな出発

【2007年8月28日 信濃毎日新聞掲載分】

© UNICEF/HQ06-0727/Bruno Brioni
コートジボアールの元子どもの兵士

ブウェーは18歳。体の細い少年ですが、鳥小屋を建てるための泥を運ぶときの様子は、とてもたくましいです。鳥小屋は友達と一緒に建てていますが、リーダーシップをとって、みんなで役割分担をし、小屋を短い時間で作ることができます。

「これはぼくが建てた2番目の小屋だよ」とブウェーは誇らしげに話します。小屋を建て方やニワトリの育て方を学ぶことが、ブウェーにとって楽しくてしかたありません。「こうしているあいだは、昔のことが忘れられるんだ」と悲しげに言いました。

2002年にコートジボワールで紛争が始まったとき、ブウェーの生活は、一変しました。武器を持った兵士たちが国を二つに分け、隣のリベリアやシエラレオネという国から沢山の兵士がやってきたのです。

ブウェーの村も兵士に攻撃され、家が焼かれてしまいました。
ブウェーは当時まだ13歳だったので、草むらに隠れて兵士から逃げることができました。でも、その攻撃の時に家族のほとんどが殺されてしまいました。「もう失うものは何もないんだ」と思ったブウェーは、その時軍隊に入る決心をしたのです。

ブウェーは2週間訓練を受けました。「ぼくは兵士じゃないけど、武器のことなら兵士に負けないぐらい知っている。玉を銃に入れたり、カラシニコフ銃も使えるんだ」。
2002年以降、何千ものコートジボワールの子どもが政府軍や武装グループに雇われました。特に、ブウェーが住んでいる西部では紛争が長い間続いたので、町や村は荒れ果て、強盗や暴力が広がりました。

これらの犯罪は一般の市民をも巻き込み、子どもたちはその現場を目にしたり、中には犯罪に関わってしまったりする子どももいました。
「2004年4月に家に戻ろうって決めたとき、自分の村を守るために2丁のカラシニコフ銃と、弾薬、ブーツ、そして戦闘服を持って帰ったんだ。もし自分が死ぬとしたら、自分の村で死にたいよ。怖いことをたくさん見たし、自分でもやってきたけど、この地球上ではひどいことがたくさん起こっているんだ」と、ブウェーは語ります。

ブウェーの村では、ユニセフやNGOの働きかけで、子どもの兵士がこれ以上武器を持たないように、そして再び軍隊に連れ戻されないようにするための活動をしています。ある日NGOのスタッフがブウェーに、これから将来のために、どんな技術を学びたいか、学校に戻って勉強をしたいかを聞きました。ブウェーは、自分が学校にもどって再び通うことは、今からではちょっと遅いと考えたので、いち早く生活のためになる技術を習うことに決めました。ブウェーは今、ニワトリをつかった商売や、ニワトリの世話や小屋の建て方のほか、読み書き、算数を習っています。また、戦争でうけた心の傷をいやすためのカウンセリングなどの医療サービスを受けています。

コートジボワールでは、今でも四千人の子どもが軍隊に関係した仕事をしており、何千人もの子どもが、軍で働かされる危険がある中で生活を続けていると言われています。ユニセフはNGOなどのパートナーと一緒に、子どもの兵士が武器を捨てて、失われた「子ども時代」をとりもどすことができるように活動を進めています。

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