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公益財団法人日本ユニセフ協会

中央アフリカ共和国:
国内唯一の子ども病院にあふれる子ども患者たち

【2014年8月12日 バンギ(中央アフリカ)発】

中央アフリカで紛争下にある子どもたちは200万人以上。首都バンギにある国内唯一の子ども病院では、戦闘の犠牲となった幼い子どもたちが治療を受けています。

* * *

厳しい暑さと湿度のバンギ子ども病院で、汗をにじませながら医師が治療にあたっています。その傍らでは、病気やけがをしている子どもたちに付き添っている母親たちが、子どもたちを扇いでいます。エアコンはなく、衛生的とはいえない手術室の壁には、骨組みがむき出しになっています。

緊急治療にあたっているイタリアのNGOの医師たちは、2012年12月に危機が始まってから、バンギ子ども病院は戦地の病院に様変わりしたといいます。

緊急外科治療にあたるアントニオ・ライノーヌ医師は「危機が始まってからは、戦闘で負傷した子どもたちばかりとなりました。銃弾でけがをした子ども4、5人がくることもあれば、ロケット弾が着弾し、けがをした5、6人の子どもがくることもあります。最近では、なたで負傷した子どもが増えています」と、子どもたちの状況を語りました。

避難を強いられて

銃弾で傷を負い、4カ月入院しているアレクシスくん。現在は回復に向かっている。(中央アフリカ)
© UNICEF Video
銃弾で傷を負い、4カ月入院しているアレクシスくん。現在は回復に向かっている。

病棟は、けがをした子どもたちであふれています。3歳の男の子アレクシスくんは、父親を殺した銃弾で顔に負傷しました。

アレクシスくんの母親は名前を名乗らず、次のように話しました。「村にセレカが来て、避難せざるを得ませんでした。自宅を捨て、森の中に3カ月身をひそめました。その間、セレカの兵士3名が山を下ってきて、私たちのテントに急に現れたのです。セレカがテントの中に入ってきたので、夫はアレクシスを抱き、私はほかの子どもたちを連れて逃げました。私を捕まえて女だとわかると、私を放し、夫を追いかけたのです」

セレカの兵士はアレクシスくんの父親をつかまえ、近くから何度も銃で撃ったといいます。そのうちの一発がアレクシスくんの顔にあたりました。

アレクシスくんは意識を失い、セレカの兵士たちはアレクシスくんの父親が死んだとわかると立ち去りました。意識が戻ったアレクシスくんは泣き叫び、ふたりを探していた村の人たちがアレクシスくんを見つけました。母親はアレクシスくんを診療所に連れて行きましたが、ヘルスワーカ―には治療ができず、バンギ子ども病院に移送されました。それから4カ月が過ぎましたが、アレクシスくんは入院したままです。

行く場所などない

病院の敷地内のテントには、戦闘を逃れてきた栄養不良の子どもたちと保護者が大勢います。「こうした状況での治療は難しいですが、どこにも行くところがありません。この国で子どもに特化した治療を行える病院はここだけなのです」と、ライノーヌ医師は語ります。

ユニセフは、バンギ子ども病院に医薬品や栄養治療プログラムの提供、外科手術室の修復、新たな外来設備の建設などの支援を行っています。また、発電機やレントゲン施設、子どもや医療従事者への食料も提供しています。

長い時間をかけ、アレクシスくんは食事をとれるようになり、体重も増え始めました。

母親は「息子はこの病院のおかげで、回復しています。ここへ来たときは、本当に深刻な状況で、食事も取れませんでした。しかし、治療を受け、食べられるようになり、具合もよくなってきました。息子には元気になってほしいです。そして、学校に通い、立派に成長してほしいのです」と語りました。

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