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公益財団法人日本ユニセフ協会

パートナー 地域組織

協定地域組織の活動報告

2013ユニセフ写真展開催報告

主催: 埼玉県ユニセフ協会・公益財団法人日本ユニセフ協会(ユニセフ日本委員会)
協力: 大宮西口共同ビル株式会社
後援: 埼玉県、さいたま市、埼玉県教育委員会、さいたま市教育委員会、一般社団法人埼玉県中学高等学校協会、社会福祉法人埼玉県社会福祉協議会、社会福祉法人さいたま市社会福祉協議会、公益財団法人埼玉県国際交流協会、公益社団法人さいたま市観光国際協会、埼玉新聞社、朝日新聞さいたま総局、読売新聞さいたま支局、毎日新聞さいたま支局、NHKさいたま放送局、 FM NACK5、テレ玉
告知及び記事掲載協力: 埼玉新聞社、朝日新聞さいたま総局、読売新聞さいたま支局、毎日新聞さいたま支局、コープみらい さいたまインフォメーション・ホームページ、埼玉県国際交流協会ホームページ、日本ユニセフ協会
日時: 2013年10月17日(木)〜22日(火) 10:00〜21:00
会場: DOMショッピングセンター(JR大宮駅西口徒歩3分)

ユニセフ(国連児童基金)の支援活動や開発途上国の子どもたちの実情を写真を通して紹介し、ユニセフへの参加と協力を広げるために、2001年から始めた「ユニセフ写真展」は、DOMショッピングセンター(大宮西口共同ビル株式会社)のご協力により、今年で12回目の開催となりました。

今年は、「アフリカに必要なもの〜アグネス・チャン大使が見たナイジェリア〜」、「ユニセフによる戦後日本の子どもたちへの支援」と題して、アグネス・チャン日本ユニセフ協会大使のアフリカナイジェリア視察活動の様子と戦後まもなく栄養不良状態の子どもたちのためにユニセフが日本に向けて行った支援を紹介しました。

開催期間中(6日間)、学生や一般の方々など6,203人に写真パネルをご覧いただきました。また、運営に係るボランティア協力者(説明やカード頒布など)は97人でした。中学生・大学生・一般の方にご協力いただきました。「世界の子どもたちに役立てて欲しい」と多くの募金が寄せられ、また、製品代金の約50%がユニセフ活動資金として役立てられる「ユニセフカードとギフト」の頒布も盛況でした。

アンケートもたくさん寄せられました。以下、その一部です。

参加された方からの感想
  • 「昔の日本の写真と今のアフリカと比較できて有効な展示だったので子どもに見せることができてよかった。」
  • 「学校の授業関連で貧困の格差があるのは知っていたが、改めて写真で見ると現実を思い知らされる。いかに自分が恵まれているのかわかった。」
  • 「ダストビンという場所を見た瞬間、何だ!これは…と衝撃を受けました。同じ国なのになぜこんなにも経済的格差が出るんだろうと思った。日本は裕福なんだと改めて実感しました。食べたいときにお金を出せば食べられる環境。普通に暮らせるのが当たり前の環境。アフリカも日本と同じように暮らせる日が来て欲しいと思いました。」
  • 「写真展は世界に目を向ける良い機会だと思います。シリアでは10万人も亡くなっているそうですね。アフリカも、貧しい国だと改めて知りました。日本は豊かなので、そのような国に手を差し伸べる方が増えると良いですね。」 
  • 「戦後の日本がどれだけユニセフにお世話になったか良くわかった。」
<開催したパネル展の内容>
アフリカに必要なもの〜アグネス・チャン大使が見たナイジェリア〜:

石油資源に恵まれ高い経済成長を続けながら、5歳未満死亡率は世界ワースト12位に留まり、世界で僅か3カ国となった「ポリオ蔓延国」の一つであるナイジェリア。今回の視察で大使が滞在したのは、アフリカ最大の人口を擁するナイジェリアの商都ラゴス。国際のたような民族のみならず、国境を接する隣国からも人が集まってきます。"西アフリカのニューヨーク"とも称されるこの巨大都市の人口は、現在1600万人。新たに移り住む人々の数は一日平均1万人にも達し、今後2015年までの僅か3年で、2500万人にも達すると言われています。
アグネス大使は、そのラゴス市内に100ヶ所ほどあるといわれるスラムの子どもたちの暮らしや置かれている状況や、子どもたちを支えるユニセフをはじめとする支援団体の活動の様子を取材。アフリカはなぜいつまでも貧しさから這い上がれないのか?という本質的な問題に対する解決の糸口を探りました。

ユニセフによる戦後日本の子どもたちへの支援:

ユニセフは第二次大戦後の1949年(昭和24年)から1964年(昭和39年)まで15年間にわたり、日本の子どもたちの健康、福祉を増進するための支援を続けました。その際、日本政府に成長観察のデータを出すよう要請し、支援物資を無駄にしないための段取りもつけさせました。日本中へ拡大された粉ミルクや衣料用の原綿など支援の総額は当時の金額で65億円にもなりました。
支援物資を受け取った当時の子どもたちの様子を紹介しました。

 

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