人権の歴史と「子どもの権利条約」ができるまで

  • TOP
  • 子どもの権利条約の歴史

「人権」という考え方が生まれたのは18世紀にさかのぼりますが、国際社会で基本的人権や自由を尊重することの大切さが広く考えられるようになり、世界の普遍的な価値として認められるようになったのは、第二次世界大戦後のことです。

世界の人々に大きな苦しみと悲しみをもたらした世界大戦。その反省から戦後まもなく設立された国際連合において1948年に採択された「世界人権宣言」は、すべての人が生まれながらに基本的人権をもっていることを、初めて公式に認めた宣言です。

この「世界人権宣言」自体は法的な効力をもたないものですが、その後、国連や国際社会はこの宣言が目指す社会を実現していくために、国際的な法律である条約を整えてきました。すべての人が平等にもつ基本的な人権を守るため、たとえば、1965年には「人種差別撤廃条約」、1979年には「女子差別撤廃条約」が採択されました。

同時に、社会で弱い立場に立たされている子どもたちの状況も、世界で注目されるようになっていきます。

1959年、国連総会において「児童の権利に関する宣言」が採択され、子どもの権利が国際文書として明文化されました。その後「国際児童年」と定められた1979年頃から、子どもの基本的人権を包括的に保障するための枠組み作りが本格化。1989年の第44回国連総会にて「児童の権利に関する条約(子どもの権利条約)」が採択され、1990年に発効しました。

日本は、1994年にこの「子どもの権利条約」を批准しました。現在、全世界で196の国と地域が締約する、世界でもっとも広まった人権条約となっています。

国連での
子どもの権利に関する動き

1948年

「世界人権宣言」採択

「すべての人は平等であり、
同じ権利をもつ」と宣言

1959年

「児童の権利に関する宣言」採択

「子どもは子どもとしての権利をもつ」と宣言

1978年

「子どもの権利条約」草案を
ポーランド政府が提出

1979年

国際児童年

世界中の人が子どもの権利について
考える機会になった

1989年

「子どもの権利条約(児童の権利に関する条約)」

国連総会にて満場一致で採択(1990年発効)

1990年

「子どものための世界サミット」開催

“子ども最優先”の原則のもと、2000年までに子どものために達成すべき目標を定めた

2000年

「子どもの権利条約」
2つの選択議定書を採択

「武力紛争への子どもの関与に関する選択議定書」
「子どもの売買、子どもの買春および児童ポルノに関する選択議定書」

2002年

「国連子ども特別総会」開催

「子どものための世界サミット」からの進展を確認し、“子どもにふさわしい世界”を合言葉に、これから世界が果たすべき約束を決めた

2011年

「通報手続きに関する選択議定書」を採択