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日本ユニセフ協会
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里親子支援から見えた日本の課題
連携団体の視点

【2017年1月20日  東京発】

東日本大震災により両親を亡くした子どもは、東北3県だけで240名にのぼり(2015年10月7日現在 出典:復興庁)、震災発生直後は、一部で新たな児童養護施設の建設の必要性を訴える声が聞かれたため、日本ユニセフ協会も、「家庭的養護」での対応を訴える働きかけを行いましたが、結果的には、両親を失った子どもたちの殆どは、親族(親族里親)に引き取られ、家庭的な環境での養育が進められました。しかし、社会の関心や支援は、両親を失った子どもたち自身には集まったものの、高齢であったり子育て経験が無かったり、また必ずしも経済的に余裕があるわけではない新たに親族里親になった方々が置かれている状況、ひいては、里親制度そのものに対する理解は、教育・行政関係者、子育て支援者など、支援者の間でも必ずしも十分とは言えませんでした。こうした状況の改善と、親を亡くした子どもたちとその子どもたちを育てる里親を地域で支えてゆく仕組みづくりにつなげられるよう、2012年末から2016年初めにかけ、「里親啓発・里親子支援事業」を実施しました。

里親子支援「ふれあいサマーキャンプ」のバーベキューの様子(2014年7月開催)

©日本ユニセフ協会

里親子支援「ふれあいサマーキャンプ」のバーベキューの様子(2014年7月開催)

当協会の連携団体として本事業を推進された全国児童家庭支援センター協議会副会長の坂口明夫さんが、この取り組みの成果と事業から見えてきた日本が抱える課題について、里親制度や関連する様々な施策に関わる方々向けの専門誌『里親と子ども』Vol.10(2015年10月 明石書店発行)で発表されました。

2011年3月にスタートした当協会の全ての取り組みの根底に常にあったのは、ユニセフが全世界の緊急支援活動に用いる考え方=「ビルド・バック・ベター(Build Back Better)」、すなわち「震災前より良い状況を創ることに繋がる支援を行う」という考え方でした。坂口さんの論文では、その一端が紹介されています。

※論文転載にあたっては、坂口さんご本人と明石書店様のご承諾を頂戴しております。

親族里親における養育と支援の課題 ― 東日本大震災孤児等への里親子支援から

坂口 明夫

坂口明夫さんの論文は、里親制度と関連施策の専門誌『里親と子ども』(Vol.10 2015年10月25日発行)に掲載されました。写真は掲載紙の表紙。

坂口明夫さんの論文は、里親制度と関連施策の専門誌『里親と子ども』(Vol.10 2015年10月25日発行)に掲載されました。写真は掲載紙の表紙。

はじめに

全国児童家庭支援センター協議会(以下、全児家セン)は、東日本大震災直後から公益財団法人日本ユニセフ協会(以下、日本ユニセフ協会)と連携し、旭が丘児童家庭支援センター(宮城県気仙沼市)と児童家庭支援センター大洋(岩手県大船渡市)を中心として、被災沿岸部の子どもたちへの支援に取り組んできた。1年目は、緊急対応としての心理士派遣や相談室設置に取り組んだ。

しかし、時間の経過とともに、課題や支援の対象が変わってきたことで2年目以降は、児童家庭支援センターの本来の役割たる社会的養護への支援を中心として取り組んだ。

岩手県里親会や児童相談所と話し合いを重ねて、連携しながら里親子支援(震災孤児を中心とした里親支援専門相談員との協働)や地域ネットワークの再構築(地域で子どもたちを支える仕組み作りや要保護児童対策地域協議会の積極的活用)を目指していくことになった。

なお、私は複数の親族に里子として育てられた。幼いころからの里子としての葛藤、学校や地域での生きづらさも感じている毎日だった。そんな経験から、当事者性と客観性を意識して取り組んできた4年間であり、現在5年目の支援を迎えている。

地域のネットワーク作り

震災孤児等の里親子支援を展開していくうえでは、個人情報の取扱いは、親の生死や親族間の関係を考慮すると、より丁寧な対応が求められ、重要である。そのため、既存の要保護児童対策地域協議会で、要支援児童に特化した予防的支援展開を募り、その中で多機関(多職種)関連に向けた研修会を開催した。それらを通じて、これまで以上に児童家庭支援センターと市や町の子育て支援課や民生委員さんなど地域住民とのつながりを深めるとともに、里親制度への理解も広めていき、「里親子への理解」をすすめ、里親子支援のよりよいあり方について学んでいただける機会となるように努めた。そこでまず岩手県陸前高田市と大船渡市において、地域における子どもたちの見守り、相互理解を深める研修会を開催した。研修会では、私から地元の要保護児童対策地域協議会の実践を報告した。「要保護児童から要支援児童へシフトしていくことの意味(早期対応)と地域における予防的支援の展開(啓発活動の充実)の必要性」「一つの機関では進まない子どもと家族の支援ではあるが、子どもに近い立場にいる複数の機関で対応することで、効率的、かつ身近な人だからこそできる場合があること」「連携とはバトンタッチではなく、支え合う仲間を増やすことであること」「支援者こそ、困ったときには困ったと言い合える仲間作りが大切だと感じていること」などを活動内容とともに伝えた。

また、「里親子レスパイトキャンプ交流事業」を2年続けて実施した。里親子間のつながりや同じ想いを抱く仲間との出会い、そしてそれらを支える人や機関とのつながりをより強くするために取り組んだ。

両親を失った子どもたちだけを対象とするのではなく、子どもたちが現在一緒に暮らしている家族や従兄弟姉妹など、日常から顔の見える関係を利用しながらキャンプを実施したことで、地域の方々への里親子支援に関する啓発につながった。この経験をもとに、後に開かれた第9回「東日本大震災子ども支援意見交換会」において、児童家庭支援センター大洋の職員が専門機関の支援だけではなく、里親会や地域の児童養護施設などと連携することで、日常生活に近い位置での関わりを作ることが大切ではないかと問題提起を行った。

それぞれの実践(IFCO分科会報告)

IFCO(国際フォスターケア機構)2013大阪世界大会の分科会は、それまでの活動を振り返り、今後の展開を考える良い機会となった。岩手県里親会、施設、全児家センの協働の内容を、次に示すような課題とともに報告した。

岩手県里親会の里親サロンや被災地域の里親支援を通じて、「親族だからこそ第三者の介入が難しいということがある」「親族里親の家庭では、実子と里子との微妙な関係が生じやすいこと」「子どもが成長するとともに見えてくる課題もある」などがあり、これらをいかに早く身近な信頼できる人たちに相談できるかが問われているように思われた。また、児童養護施設大洋学園に配置された里親支援専門相談員からは、震災孤児を養育する里親家庭へ何回も訪問を重ねて関係を作り、想いを受け止めることで、はじめて支援が可能になったという経過が報告された。聞いてくれる人の存在と確かな手立ての構築が必要であると感じられた。

また、里親への支援、里子への支援、また里親子(家庭)への支援を各々行い、これらを全体としてバランスのとれたものにする必要がある。そのためにも、支援者が顔の見える関係を各々との間で築かなければならない。新たなつながりを作り上げるためには、かなりのパワーが必要であり、被災地域という特別な環境のもとでは、それが一層難しいようにも思われた。しかし、既存の組織(それが要保護児童対策地域協議会の可能性と思っている)を活性化し、地域に根づかせることによって、よりスムーズに展開できるようになった。

しかし、よく考えると、これは被災地域に限定される課題ではない。表現が不適切かもしれないが、被災地だからこそ、全国のどこにでもある課題が見えやすかったのかもしれない、だからこそ、我々はその実現からしっかり学び行動する必要があると思う。

本質的な課題として、県が「社会的養護」を、市町村が「子育て支援」をそれぞれ別々に管轄しているという構造がある。里親子への支援を血の通った温かい眼差しを持ったものにするには、県と市町村の連携が欠かせない。そして、実際に里親子が暮らす市町村において里親家庭に関する情報が共有され、きめ細やかな支援を展開できるようにしたい。そのためには、地域で活動する民生委員・児童委員や学校現場や医療機関などとの理解と参加がなければならない。

また、「レスパイトキャンプ」は里親にとって休息となるだけではない。子どもたちにとっても「複数の養育者たちとの出会いの場」となる可能性がある。活発な議論を行い、その中で継続することの重要性も語られた。これらが今に続く日本ユニセフ協会との連携の基盤となった。

地域の理解と協働

その後も毎年、岩手県大船渡市と宮城県気仙沼市の児童家庭支援センターは、「里親支援・制度的理解を含めた学び」の場を設けて、地域に向けた発信を続けている。全児家セン協議会は、日本ユニセフ協会と協力して、これをバックアップしている。

地域のことをよく知る、その地域の児童家庭支援センターを中心に今後も継続的に関わりを持つことを前提として準備をする。このプロセスを通じて、いろいろな形で多くの人たちとつながる。それが地域の力となりうる。「地域の現状を知り、現場から具体的に伝えていくこと」が重要であり、それを通じて地域で支える力を確かなものとする活動を展開していくことが求められている。

しんどい思いをした子どもたちだからこそ、より多くの信頼できる大人たちの存在が必要で、周りで温かく見守ることが大事だ。そのために、里親や施設職員、里親会と施設のつながりをより確かなものにしたい。しかし、これを超えて被災地や社会的養護に限らず、大人一人ひとりが、子どもたちの育ちを、中・長期的視点を持ち、豊かなものしていく必要と責任を感じてほしい。

つまり、家庭・学校・地域・子どもと大人など、様々なところで適切なコミュニケーションを図ることによって、それぞれの支援が十分に届くようになる。ただし、多くの場合、つながりを作るためには、調整役を担う人や組織を必要とする。その役割を地域に根ざした児童家庭支援センターが担うべきだと、私は考えている。

私自身、複数の里親(親族)に育てられた経験から、周囲との違いに悩んだり、時にはいろんなモノや人とぶつかったり、疎外感を覚えたりしたことがあった。そんな時、すべてを分かってくれなくとも、分かりたいと思ってくれる、耳を傾けてくれる大人の存在があった時には、それがありがたかったことだけは、覚えている。逆に「お前の気持ちは分かるよ」と言ってくる大人を信用することはできなかった。そして今は、もっと子どもたちの背景に迫る、想像力を働かせる関わりが求められている時代となったのかなと考えることが多くなった。

いつでもいいとは思わないが、適切な時に適切なタイミングで、適切な人にSOSを出せる力を、子どもたちには持てるようになってもらいたい。また、それを適切な距離感で受け止められる大人でありたいとも思っている。

大人となった、親となった今だからこそ、当時の私が里子として悩んだのと同じように、親も親として悩み、また大人だから、親だから言えない部分を、多く抱えていたことだろうと想像する。

里親の子育ても一般の子育ても親子関係を育む場は地域である。誰かにかかる負担を、地域全体で分かち合うための取り組みが欠かせない。被災地であるかないか、今と昔の別はあっても、子どもが家庭・地域・学校の輪の中を歩むことには変わらない。だからこそ、地域で暮らし、地域で活動する人々の相互理解を深めていきたい。その一助としての活動を続けていきたい。

おわりにかえて

親族里親だからこその難しさがある。震災をきっかけとして養育里親と認定される道が開かれたが、これの積極的な活用を含め心理的・経済的なサポートの充実が必要である。「守秘義務」の共有を前提に情報を共有する仕組みを拡げたい。そして、もっと身近な人が支え合えるよう地域の中に、子ども、里親、そしてその両方が、いつでも頼れる、動ける応援チームを作りたい。そして、私自身もいつか我が子の了解がとれたら、里親として活動する日を夢見ている。そのために今は、目の前のしんどい状況にある子ども・親を放っておかない社会作りにつながる活動を継続していきたい。

 

[参考文献]

日本ユニセフ協会 東日本大震災復興支援

第173報 虐待防止地域ネットワークづくりに向けた研修
第210報 国・行政・市民の連携
第224報 子育て支援関係者を対象に里親研修
第238報 里親支援「ふれあいサマーキャンプ」開催
第247報 気仙沼市で里親子支援セミナーを開催


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