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財団法人日本ユニセフ協会
 



フィリピン台風緊急募金 第13報
家族をなくした子どもたちに、ユニセフの支援を

【2013年11月22日 フィリピン・タクロバン発】

© UNICEF Philippines/2013/Maitem
貨物機が頭上を飛ぶなか、タクロバンの路上でボールで遊ぶ子どもたち。

台風30号で被災し避難民となった子どもは180万人(2013年11月21日時点)。ユニセフは、家族と離ればなれになったり、両親をなくして身寄りのない子どもたちを発見し保護するために全力を尽くしています。
すべてを失った兄弟姉妹が、毎日を必死に生きる姿を、被災地入りしているユニセフのケント・ページ広報官が報告します

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何日もかけて、ユニセフの子どもの保護専門官は、自治体やパートナーのNGOとともに、台風で家族を失った子どもたちがいないか、捜し回っていました。

広範囲にわたる捜索をへて、5人の子どもたちが発見されました。彼らは必要としていた支援をようやく受けることができています。

これは、悲劇から生まれたとても胸を打つ話です。この5人の子どもたちは8歳から18歳までの兄弟姉妹です。学校に設けられた避難所で、台風によって家を失った何百もの家族とともに避難生活を続けています。

親代わりとなった兄

5人の子どもたちは互いに寄り添っています。両親と3人の兄弟姉妹は、台風によって命を落としました。

一番年上の兄は、生き残った弟妹たちを探し出し、安全に過ごせる避難所に連れてきました。

悲しみに沈んだり、両親と家族を失った経験を思い返したり、あるいは座ってしばしの休息をとる時間さえも、彼にとってはありません。幼い弟妹にとっては、兄である彼だけが頼りなのです。どれほど疲れ果てていようとも、彼は家族のためにできるすべてをささげています。

兄弟姉妹が仮住まいしている小さな教室で、私は彼らに会いました。床の上に置いたベニア板の上が彼らの寝床です。窓ガラスがなくなった夜の教室は寒く、蚊もやってきます。

悪いことばかりではありません。その教室には、いとこの家族が一緒に身を寄せています。いとこ一家もすべてを失いましたが、5人の兄弟姉妹を家族同然に扱ってくれています。 妹が兄を見上げながら、兄がどれほど弟妹のために尽くしてくれているかを、私に語ってくれました。支援物資の配給を受け取るために、雨の中、長い列に並んでくれること、弟妹が危険にさらされないよう夜中見守ってくれること、日中は道路のがれき撤去の危険な仕事をしていること、そして、貯めたわずかなお金で弟妹に食べ物を買ってくれること。

私が兄にあったとき、彼は5人分の食事を用意するのに忙しくしていました。火を焚いてお湯を沸かし、インスタントラーメンと少しのご飯を作っていました。

弟妹の親代わりとしてすべてを背負っている彼の表情は厳しいものでした。今、彼らはユニセフなどから支援を受けることができますが、両親と11歳・5歳の妹、3歳の弟を失った深い悲しみは癒されません。

生き延びた奇跡

あの時、水は“ヤシの木の高さと同じくらい”高かったのです、と上を指さしながら兄が語ります。嵐の最中、片手で幼い弟の手を握りしめながら、もう片手で高く伸びる竹の先端につかまっていました。住んでいた家が建っていた場所からはるか高いところまで水が押し寄せるなか、妹はたった一人で、ジャックフルーツの木の高い枝にしがみついていました。

2人の弟がどうやってあの嵐から生き延びられたのか、誰も知りません。台風が通過した後、家があった場所の前の砂の上に、2人でしゃがみこんでいるのを発見されたのです。コンクリート片にしっかりと固定されていた便器だけが残されており、本や写真、食器、家具など、他のものは何も残っていませんでした。

私は、この兄弟姉妹に幸せな結末(ハッピーエンディング)が待っていればと切実に思います。しかし、考えられるベストの状況は、希望ある結末(ホープフルエンディング)でしょう。ユニセフは、彼らが暮らす学校に、「子どもにやさしい空間」を設置しました。兄弟のうち幼い3人もこの空間に通い、安全で清潔なスペースで、遊び、歌い、学び、ほかの子どもたちと時間を過ごすことができます。彼らは自治体と他の団体の名簿に登録されました。

そして、いとこの一家は、この兄弟姉妹を家族として受け入れるといっています。

3人の姉妹のうちたった一人生き残った17歳の妹は、通っていた高校が甚大な被害を受け閉校となったことを悲しんでいます。今年卒業するのを楽しみにしていたのです。彼女は、いつか学校に戻り、卒業することを心に決めています。

そして大きな責任を背負った若い兄は、弟妹のためにすべてを費やし、できる限りのことをしています。彼はヒーローであり、彼の姿は人々を勇気づけます。

現地を取材しているメディアもすでに引き上げ始めていますが、メディアが去った後も、この兄弟は、ほかの何百万人の子どもたちと同様、ここタクロバンに残ります。そして、必死に生き延びようと困難に立ち向かうのです。