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日本ユニセフ協会

報告会レポート

トルコ・シリア地震から1年、シリアの子どもは今
根本巳欧 ユニセフ・シリア事務所副代表
現地ダマスカスより報告

2024年2月21日東京

昨年2月、トルコとの国境近くで発生した大地震は、シリア北部に大きな被害をもたらしました。13年近くも続く紛争や経済危機で苦しむ人々を直撃した震災。深刻な人道的ニーズに対応するため、ユニセフは今も、子どもたちの命と未来を守る支援を続けています。

大地震の発生から1年を迎える現地の様子と支援の成果、今後の課題とユニセフ(国連児童基金)の取り組みについて、首都ダマスカスから、現地事務所の根本巳欧副代表が報告しました(本記事は、今月2日に開催したオンライン記者ブリーフィングの内容をまとめたものです)。

 

――はじめに

まず震災発生の直後より、日本の皆さま、そして日本政府から大きなご支援をいただいていることに、心より感謝を申し上げたいと思います。

ダマスカスより報告を行う根本巳欧副代表。

Ⓒ 日本ユニセフ協会/2024
ダマスカスより報告を行う根本巳欧副代表。

日本政府からの支援については、水と衛生、教育、子どもの保護といった分野で、複数回寄せられました。特に昨年11月の支援は、被災地だけではなく、紛争の影響を受ける脆弱な地域も対象とする支援になっており、現地でも非常に感謝されています。

また、日本ユニセフ協会を通じて寄せられた個人、企業、団体、学校などの皆さまによる大きなご支援は、使途に柔軟性を持たせた資金でした。最も支援を必要とする子どもたちに制約なく支援を届けることができるため、とてもありがたく、今後も成果を出し続けなければいけないと身の引き締まる思いでいます。


――シリアは今、どのような状況にあるのでしょうか?

震災発生から1年が経ったシリアの現状ですが、「紛争」「経済危機」「社会経済基盤の崩壊」「残る人道支援のニーズ」の4点からご紹介したいと思います。

まず一つ目、シリアにおける紛争は、この3月で13年目を迎えます。長期に及ぶ紛争のため、国内はさまざまな勢力によって分断されています。私が普段勤務する首都のダマスカスからはアクセスができない地域もあります。アクセスができない地域に関しては、隣国トルコのガジアンテップから越境支援を行っています。こうした国内のアクセスに関する課題は紛争下での震災支援を難しくしており、これは今後も続くと思われます。

戦闘により破壊された建物の傍を歩く男の子。彼のように、平和なシリアを知らない子どもが多くいます。

© UNICEF/UN0287092/Grove Hermansen
戦闘により破壊された建物の傍を歩く男の子。平和なシリアを知らない、彼のような子どもは多くいます。

そして二つ目は経済危機下にあることです。震災と紛争だけではなく、経済危機は脆弱な家庭に特に大きな影響を与えています。ウクライナを含めた世界各地での衝突による食料や燃料の価格上昇、世界的な物価高、制裁による外貨不足など、経済危機の要因は複合的です。現在90%以上の人々が、1日2.15米ドル未満で暮らす「貧困ライン」以下の生活を余儀なくされており、そうした人々をいかに支援するかという課題がまだ残っています。

三つ目には、社会経済基盤が崩壊している、ということです。シリアでは紛争のため、震災前よりさまざまな社会サービスが崩壊していました。今後は学校や病院などのインフラを立て直し、そこで働く人々の研修や能力開発を行う必要性があります。

最後に、震災から1年が過ぎた今でも、シリアで支援を必要とする人はまだ大勢いる、ということです。およそ2,100万人いるとされる人口のうち約4分の3が支援を必要としており、そのうち子どもは700万人もいます。学校に通えていない子どもは250万人以上います。加えてユニセフの推定によると、現在通学できていても、今後さらに約60万人の子どもが退学せざるを得ない可能性があるのです。


――
震災から間もなく1年経ちます。ユニセフはこれまで、どのような支援を行ってきましたか?

シリアの国境にほど近いトルコ側に震源地があったため、シリア北部が大きな影響を受けました。ユニセフは国内に6カ所、そしてトルコ側のガジアンテップに1つチームを置き、560万人(うち子どもは320万人)の被災者に支援を届けました。例えば:

給水車からきれいな水を受け取るラタキアの子どもたち。

© UNICEF/UN0798507/Haddad
給水車からきれいな水を受け取るラタキアの子どもたち。

・水と衛生

震災直後は給水車を使い、きれいで安全な水を適時提供していました。中長期的な視点から、現在は活動の中心が上水道のインフラ整備などに移っています。

・保健

震災直後は、病院の修復を行いました。現在はそれに加え、コレラなどの感染症予防のための啓発活動、あるいは人々が暮らす場所へ直接スタッフが赴く「移動式保健チーム」の派遣などを続けています。

アレッポで子どもの栄養状態を確認する移動式保健チーム。

© UNICEF/UN0781266/Al-Asadi
アレッポで子どもの栄養状態を確認する移動式保健チーム。

・栄養

最近ニーズを分析・評価した結果があがってきており、特に被災した地域で栄養状況が悪化している、ということがデータで裏付けられました。母乳育児を実践する女性の数が増えている、というデータもありますが、紛争下において、必ずしもユニセフとして喜べることではない可能性もあります。例えば経済的な状況の悪化からミルクが買えなくなった母親が、母乳育児に頼らざるを得なくなっている、といった側面も考えられるからです。現在はそのデータをさらに深く分析して、実際の課題がどこにあるのか調べているところです。

・教育

学校の修復と授業の再開は、大きな成果でした。被災地域では2,000校以上が被害を受け、1,000校以上が避難所として使用されていたため、授業を行うことが難しい状況にありました。現在避難所はほぼすべてなくなり、学校を使っている避難所はありません。ただ一方で、損壊した学校がすべて修復されているわけではないので、課題が残っています。日本からの支援も、多く活用させていただいている分野です。

机の下などに身を隠すことを紹介する、“防災教育”。

© UNICEF Syria
机の下などに身を隠すことを紹介する、“防災教育”。

・心のケア

これは自分自身が被災地域を訪れた時に一番感じることですが、まだまだ地震に対するトラウマ、そしてそれに対する子どもとその家族へ「心のケア」の必要性はあります。地震発生直後は、避難所や現地NGOの施設に設けた「子どもにやさしい空間」などで心のケアを届けていましたが、今後は震災支援の枠組みを超えて、中長期的な心のケアの支援を続けます。それに加えて、地震が起きた際に身を守る具体的な方法などを子どもたちに伝える、日本でいう“防災教育”のような活動も続けています。

・現金給付

特に脆弱な立場にある家庭や、障がいのある子どもがいる家庭に対して現金給付を行い、生活の再建に役立ててもらっています。


――この1年間、根本副代表にとってはどのようなものでしたか?

私は昨年の2月、震災の5日後にシリアに赴任しました。赴任後すぐに震災の支援に従事し、目まぐるしい1年間を過ごしてきました。

これまで8回被災地に赴き、状況のモニタリング等を行いました。直近では、12月末にラタキアとホムスへ、そして2週間前にアレッポへ行っています。ユニセフの機動力の強さを活用して、私もできる限り、現地の人々や子どもたちの声を直接聞こうと心がけています。

直近のアレッポ訪問の様子。

© UNICEF Syria
直近のアレッポ訪問の様子。

 

車いすの男の子たちの話を聞くことができました。

© UNICEF/UNI517295/Saad
車いすを使っている男の子たちの話を聞くことができました。

 

子どもたちの「声」を、大切にしています。

© UNICEF Syria
子どもたちの「声」を、大切にしています。


――出会った子どもたちについて、印象に残るエピソードはありますか?

教育は、子どもたちが未来を切り開くための力になります。

© UNICEF/UNI466747/Al Daher
教育は、子どもたちが未来を切り開くための力になります。

震災1カ月後に避難所を訪れた際、6歳ぐらいの女の子と話す機会がありました。学校に戻りたいかと尋ねたら、元から学校に行っていなかった、と答えました。彼女の家族に詳しく話を聞くと、紛争が始まってから4回も避難場所を変え、転々と暮らしていたことが分かりました。こうした子どもにとっては紛争と震災の体験は表裏一体となっており、学校に戻りたいという気持ちはあっても、これまでそれに応えられていなかったことがとても残念に思いました。

ユニセフの支援により、女の子は9月以降、学校に通うことができたと後に聞きました。多くの犠牲があった震災でしたが、子どもたちを学校に戻せる機会ととらえ、ユニセフが集中的に活動した結果でした。子どもたちに学びや遊びの機会を与え、子どもらしく生きるチャンスを与えることの大切さを、あらためて感じた出来事でした。


――残る課題について、教えてください。

課題はまだ山積しています。例えば国連安保理は昨年7月、トルコ側からシリアへの越境支援に関して、期間延長の合意ができませんでした。現場レベルで調整しつつ現在でも越境支援は続けられていますが、安保理の後ろ盾がない中で今後どのように続けるか、考えなければなりません。

また国連の経済制裁下では、多くの制約があります。使途に制約のない、柔軟に活用できる活動資金の確保も、復興に重要となっています。

課題を一つひとつ解決しないことには、子どもたちが学校に通わずに働かざるを得なくなったり、結婚せざるを得なくなったり、と中長期的にさまざまな形で影響が出てきてしまいます。


――今後の展望は?

アレッポの上水道の再建工事。

© UNICEF Syria
アレッポの上水道の再建工事。

ユニセフは今、「ビルド・バック・ベター(Build Back Better)」、つまり地震前よりも良い状況をつくることを目指しています。これまでの対処的な緊急支援だけではなく、中長期的な視点を持った早期復興に向けての支援に移行する機運が高まっています。

多くの機関や団体が協力しながら支援を届けている中で、ユニセフは水と衛生の分野、および教育の分野で主導的な役割を担っています。例えば今、地震被害の大きかったアレッポの上水道を再建しています。アレッポでは、市内の地中を輪状に14キロメートルの上水道が通っていますが、1年間かけて一つひとつのパイプの状況を確認し、必要に応じて修復を行ってきました。今、最後の数百メートルのところまで、修復ができています。(編集者注:本記事公開時までに、工事はすべて完了したそうです)

こうした社会インフラの再建に加え、支援を実施するパートナー団体へ震災支援の知見を伝え、それを今後活用できるようにキャパシティを強化することも行っています。

子どもたちと話す、心のケアのチームのスタッフ。

© UNICEF Syria
子どもたちと話す、心のケアのチームのスタッフ。

また、コミュニティや、コミュニティを拠点としたNGOなどとの連携が、震災を機に強化されました。これを機会と捉え、今後活用していきたいと考えています。例えば避難所がほぼ閉鎖されたと先程説明しましたが、これは良い面と悪い面、双方あります。良い面とは、避難所となっていた学校が授業を再開できたことですが、悪い面は、支援を必要とする人々が1カ所に留まらず点在して暮らす状況に繋がったことです。これに対応するため、移動式の保健・栄養改善チームを活用したり、また心のケアのチームに各コミュニティを週ごとに訪問してもらったり、など新たな施策を始めました。

子どもたちの声を復興に生かす、ということもユニセフは大切にしています。ユニセフは震災の直後、1カ月後、そして3カ月後に、他の国連機関と協力しながら大規模なニーズ調査を実施しました。その際、400人以上の若者をボランティアとして動員し、各コミュニティを訪問し行う調査に関わってもらいました。直接調査に良い影響があっただけではなく、若者自身に活動の機会を提供することができたり、コミュニティとの一体感を高めることになったり、といった効果もありました。

アレッポを訪れた際、このニーズ調査に参加した男の子に話を聞くことができました。紛争の中で希望も将来もない、と感じていた彼でしたが、この体験を通して自分も何かに貢献できるんだ、自分の力がコミュニティの役に立つんだ、と思えることができ、非常に嬉しかった、と話してくれたのが印象に残りました。


――日本の皆さまへ

これまでシリアで起きた震災に関するお話をさせていただきましたが、先日の能登半島地震でも、震災により多くの方が影響を受けていることと存じます。被災された方々に、心からお見舞い申し上げます。

ユニセフ・シリア事務所の代表、そして副代表の私、とトップ2が日本人です。そういった縁から、日本人を支援の“顔”として現地の方々は捉えているようで、日本からの支援に本当に感謝している、と現地の方からしばしば聞きます。特に、震災に何度も苦しんだ日本が持つ知見に対する期待、というのは感じており、今後それらを生かす方法も考えたいと思っています。また、能登半島の地震のニュースを目にした多くの方から、日本は大丈夫だったのか、何か支援することができないか、こちらから発信できることはないか、と聞かれ、心配されることもありました。一日も早い復興と復旧を願う気持ちは、シリアの人たちも一緒です。

シリアの人と話をすると、このように国際的な状況に関して大きな関心を持っていることを感じます。特に中東情勢には敏感になっており、各周辺国での不安定さが増すにつれ、シリアに対する世界の関心がどんどん薄れていくことを危惧する声も聞きました。

私からは、シリアの子どもたちを忘れないで、と皆さまにメッセージを伝えたく思います。

今でも支援を必要とする子どもが多くいます。シリアの子どもたちを、これからもどうか忘れないでください。

© UNICEF/UN0855920/Janji
今でも支援を必要とする子どもが多くいます。シリアの子どもたちを、これからもどうか忘れないでください。

現在ユニセフ・シリア事務所は、約600億円の資金を国際社会に要請しています。540万人の子どもを含む、850万人が支援を必要としていますが、現在8割近くの資金が不足しています。引き続き日本の皆さまからのあたたかなご支援をお願いできれば、幸いです。

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登壇者略歴

根本巳欧(ねもと・みおう)ユニセフ・シリア事務所副代表

© UNICEF Syria

東京大学法学部卒業後、米国シラキュース大学大学院で公共行政管理学、国際関係論の両修士号取得。外資系コンサルティング会社、日本ユニセフ協会を経て、2004年4月にジュニア・プロフェッショナル・オフィサー(JPO、子どもの保護担当)として、ユニセフ・シエラレオネ事務所に派遣。子どもの保護担当官としてモザンビーク事務所、パレスチナ・ガザ事務所で勤務後、東アジア太平洋地域事務所(地域緊急支援専門官)を経て、2016年10月からUNICEF東京事務所に勤務。2020年12月から2021年4月まで同事務所長代行、2021年3月から6月までソウル事務所長代行を務め、2022年5月から8月まで緊急支援調整官としてブルガリア事務所勤務。2023年2月からユニセフ・シリア事務所で副代表として勤務。

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