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公益財団法人日本ユニセフ協会

パートナー アグネス大使

アグネス大使 現地レポート

2017年4月 シリア周辺国 シリア難民の子どもたちを「失われた世代」にしないために
内戦が続くシリアからの難民を受け入れている、ヨルダン、レバノン、トルコを訪問しました。
2016年6月 グアテマラ 見えない脅威と闘う、"最初の1000日"
5歳未満児の約2人に1人が慢性的な栄養不良状態に陥っているグアテマラを訪問しました。
2015年3月 フィジー共和国 サイクロン被災地の子どもたち
カテゴリー5の巨大サイクロン「ウィンストン」による被災から間もないフィジーを訪問しました。
2015年4月 南スーダン アグネスが見た、一筋の光
独立から4年。再び内戦状態に陥ってしまった世界でいちばん若い国、南スーダンを訪問しました。
2014年4月 中央アフリカ共和国 子どもにとって世界最悪の場所の一つ
人道支援が最も必要とされている国の一つ、紛争下の中央アフリカ共和国を訪れました。
2013年4月 ナイジェリア アフリカに必要なもの
アフリカの多くの国が抱える格差問題を象徴する国の一つ、ナイジェリアを訪れました。
2012年11月 パレスチナ 子ども最優先の政策急げ
長年にわたって子どもや女性たちが紛争や暴力に晒されている地域を訪れました。
2012年4月 ブータン 子どもたちの幸せが続くように
幸せの国のこれまでの努力と今後の課題を探るため、アグネス大使がブータンを訪問しました。
2010年2月 世界から“忘れられた緊急事態”〜アグネス大使ソマリア視察報告〜
長年にわたる紛争と無政府状態の中、社会の再建に取り組むソマリアの女性と子どもたちの活動を視察しました
2009年4月 ブルキナファソ 気候変動と子どもたち
−気候変動の最大の被害者となっている、アフリカの子どもたちの様子とは?
2008年6月 中国 四川省の被災地を訪問
−地震から約1ヶ月半が経過した被災地を、アグネス大使が訪問しました。
2007年6月 インド 深刻化する格差や貧困問題
−6月15日、アグネス・チャン大使がインド視察に出発
(報告会レポートはこちら
2006年4月 レソト 子どもたちとエイズ
−レソトという国について(概要・HIV/エイズについてのストーリー)はこちら
(報告会レポートはこちら
2005年4月 スーダン・ダルフール地方 忘れられた緊急事態
(報告会レポートはこちら
2004年4月 モルドバ 人身売買
(報告会レポートはこちら
−モルドバという国について(概要・子どもの人身売買についてのレポート)はこちら
2003年6月 イラク 戦争直後のイラク
(報告会レポートはこちら)
2002年8月 カンボジア 人身売買
(報告会レポートはこちら)
2001年6月 フィリピン 子ども買春
2000年6月 東西ティモール 難民・避難民となった子どもたち
1999年8月 スーダン南部 子どもの兵士
1998年6月 タイ 子ども買春

■2006年4月
アグネス大使、アフリカ・レソトを視察
平均寿命、35歳の国−HIV/エイズが子どもたちに及ぼす深刻な影響

世界でHIV/エイズの脅威が叫ばれ始めてから20年余り。この間、HIV/エイズは「おとなの問題」として捉えられ、直接・間接的に被害を受けている子どもたちには十分な関心が向けられてきませんでした。こうした現状に国際社会の関心を向けるため、2005年10月に始まったユニセフの世界キャンペーンの一環として、アグネス大使が4月15日(土)から23日(日)まで、HIV有病率世界第3位のレソトを訪問しました。

南アフリカに周囲を囲まれた小さな王国、レソト。山の上に広がる絵のように美しいこの国は、目に見えない深刻な問題に蝕まれています。それがHIV/エイズです。

経済状況が悪く、国内に十分な仕事がないため、働き盛りの男性の40%以上が南アフリカへ出稼ぎに出ています。その男性たちは働いて得たお金のほかに、HIV/エイズも一緒に持ち帰ったのです。80年代からHIV/エイズの流入が始まり、潜伏期を経て、90年代から人々がエイズのために亡くなり始めました。96年に220万人だった人口は、2005年に推定180万人にまで減少。2005年の成人のHIV有病率は23.2%。HIV/エイズとともに生きる人々は推定26万5,000人。91年に60歳だった平均余命は、2005年には35歳にまで劇的に低下しました。

口にしなければまるで存在しないようだけれど、確実に人の命を奪い続けている問題−HIV/エイズが子どもたちに及ぼす深刻な影響を、アグネス大使がご報告しました。

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■2005年4月
アグネス大使 アフリカ・スーダン南部 ダルフール地方を視察
〜どこまで逃げれば安全なの…?薪を集めるのも命がけの生活〜

北ダルフール・エルファシのアブシュークキャンプで避難民の女性から話を聞くアグネス大使

2005年4月10日から17日までの日程で、スーダン・ダルフール地方の反政府組織支配地域、各地の難民キャンプや被災した村々を訪れました。

この地域は、政府軍と反政府軍がいまだに争いを繰り広げている場所です。2005年1月にスーダン北部と南部との間で和平協定が成立したというのに、この地域には、ジャンジャウィードと呼ばれる馬やラクダに乗った民兵が、一説には政府の支持を受けて、地域の村を焼き討ちして、村人たちを殺し、女性たちをレイプしています。政府軍、反政府軍との争いで多くの人たちの命が失われ、240万人もの避難民が発生しました。そのうち140万人が18歳未満の子どもたちだといわれています。

村の小学校の壁に残る銃殺された子どもたちの血と銃弾の跡。何度も繰り返し聞かされた女性達の悲しい話。「これはリベンジ(復讐)なんだ」と話す若い兵士の姿。「助けてほしい」「なんとかしてくれ」と訴えかける村長や女性・子どもたちの声…。

「忘れられた緊急事態」とも言われるこのスーダンでの悲劇について、アグネス大使は視察報告を行いました。

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■2004年4月
アグネス大使 中央ヨーロッパの国、モルドバを視察
〜ヨーロッパ最貧国で進行する、子どもと女性の人身売買〜

写真:モルドバのバス運転手の紹介でポーランドへ「物乞い」として売られたレバカ村の少女
モルドバのバス運転手の紹介でポーランドへ「物乞い」として売られたレバカ村の少女(左)

アグネス・チャン日本ユニセフ協会大使は、2004年4月10日〜16日まで、中央ヨーロッパの国、モルドバを訪問しました。
北と南をウクライナ、西をルーマニアと接する、人口427万人、面積が日本の11分の1ほどの小国です。もともとソ連邦に含まれていましたが、1991年の独立後、急速な市場経済化に伴い、深刻な経済難に見舞われました。全人口の58%が貧困の中で暮らしていると言われ、ヨーロッパの最貧国に位置付けられています。

その結果、総人口の4分の1が海外に出稼ぎに出かけています。その中には、だまされて人身売買の犠牲となる子どもや女性も少なくないといわれます。

子どもたちは今、どんな生活を送っているのか。何が子どもたちの生活を脅かしているのか、アグネス大使が現地を訪れました。

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■2003年6月
アグネス大使 戦争直後のイラク南部を訪問
〜戦争と略奪の被害の中で、子どもたちへの支援は待ったなし〜

写真:あちらこちらに残る不発弾
あちらこちらに残る不発弾
 アグネス・チャン日本ユニセフ協会大使は、2003年6月21日〜28日まで、イラク戦争直後のイラク南部を訪問しました。
クウェートからイラク南部の都市バスラに入ったアグネス大使は、水と衛生の状況、学校や病院を視察し、生々しい戦争の傷跡と略奪など治安の悪化している街のようすを目の当たりにしました。
6月30日には、ユニセフハウスで記者会見と報告会が開かれ、空爆で子どもを失った親や、満足な治療を受けられず病院で苦しむどもたち、怪我をした子どもたち、貧困と混乱の中で街で働きながら生きる子どもたちなど、多くの出会い、そして現地でのユニセフの活動やその重要性について、熱く語られました。

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■2002年8月
貧困とおとなの欲望が子どもたちを襲う
カンボジアで人身売買の犠牲になった子どもたちと出会う

写真:子どもと交流するアグネス大使1
写真:子どもと交流するアグネス大使2

長い内戦からようやく復興しつつあるカンボジア。国が安定し、平和が広がる一方で、貧富の差が広がり、人やモノが多く行き来する中で、子どもの人身売買という問題が大きくなってきました。
 バンコクから5時間かけてカンボジアとの国境へ向かい、カンボジア側の街 ポイペットに入ったアグネス大使。そこでは、タイからの観光客を目当てに続々とカジノが建設され、子どもたちはさまざまな品物を持って国境を行き来していました。訪れる観光客を目当てに、路上で多くの子どもたちが働いています。
 アグネス大使はその後人身売買の犠牲になった子どもたちが暮らす施設を訪れ、子どもたちと交流しました。出会ったウェットちゃんという少女は、誘拐されてバンコクへ売られ、花売りやキャンディ売りをさせられていたそうです。彼女はアグネス大使と話している間、一度も微笑むことさえありませんでした。
 また、カンボジア第二の都市バッタンバンでは、やはり売られて保護されたサリーちゃんという少女の母親に会いにでかけました。母親は「生活はとても苦しく、サリーは自分で行くと言ったのだ」と話しました。母親は一度帰ってきたサリーちゃんをまた売っていたのです。

 アグネス大使は、報告会で「子どもたちが人身売買や商業的性的搾取の犠牲になってしまう一番の原因はおとなの欲望だと思う。」と述べ、貧困の解消とともに、意識改革などが必要と訴えました。

 

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■2001年6月
フィリピンで子ども買春の実態を視察
〜買春問題は、社会のあらゆる問題を映し出す鏡〜

写真:マニラのストリートチルドレン
マニラのストリートチルドレン

2001年12月に日本で行われる「第2回子どもの商業的性的搾取に反対する世界会議」に向け、子ども買春の実態を視察するために6月2日〜7日までフィリピンを訪れました。買春の犠牲になっている子どもたちはアジアだけでも100万人、フィリピンには10万人いると言われています。

観光客が多く訪れるセブ島には、組織的な子ども買春が行われているというカマガヤン・スラムがあります。訪問したのは夜だったのですが、客引きをする入れ墨をした若い男、18歳に満たない少女たちの姿がありました。

ルンドゥヤン劇団と演じるアグネス大使

セブ島にあるシェルターでは、少女たちのグループ・セラピーに参加しました。この日には15歳から20歳の少女たち6人が、それぞれの辛い経験を語り、分かち合いました。父親からのレイプ、母親からの虐待、だまされて性産業に送りこまれた、自分をレイプした男の子を産むことになった…。アグネス大使は少女たち一人ひとりを抱きしめ、「あなたは生まれた時のままに今も美しいし、どんなこともあなたを汚すことはできないわ」と語りかけました。

そして、子どもの権利について知らせる活動をしているルンドゥヤン劇団と一緒に、マニラのタグンパイ・スラムでエイズについての劇を上演しました。そのスラムに住む約5%の子どもたちが売買春にかかわっていると言われています。フィリピンでは政府やNGOの努力にもかかわらず、性産業に巻き込まれる子どもの年齢は下がり続けています。アグネス大使は「子どもを欲望の対象にする人びと、子どもを売る人びとを糾弾するため、私たちは大きな声を上げつづけなければなりません」と語りました。

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■2000年6月
独立騒乱後の東西ティモールを視察
〜二つのティモールに引き裂かれた子どもたち〜


独立をめぐる騒乱から約10ヶ月、国連の暫定統治下で新しい国づくりが始まろうとしている東ティモールと、いまなお多くの避難民がとどまる西ティモールを視察しました。

6月14日に西ティモールに到着したアグネス大使は、まずクパン郊外の避難民キャンプを視察しました。15日にはWFPの輸送機で東ティモールとの境界付近のアタンブアへ移動し、5月中旬の洪水で深刻な被害を受けた避難民キャンプを訪問、その生活ぶりを視察するとともに東ティモールへ帰ることをためらう人々の声に耳を傾けました。その後16日には、日本の使節としては初めて陸路で東ティモールへ入ることに成功。20日までディリ県、リキサ県を中心に精力的に視察を行いました。

「今回東西ティモールを訪ねて、一般の人々や民兵として戦っていた人々とたくさん話をすることができ、ティモールが置かれている複雑な状況を肌で感じることが出来ました。その中でも一番犠牲になっているのは、ふたつのティモールで引き裂かれている子どもたちとその家族です。西ティモールに残された10万人の避難民の帰国の目処は未だにたっていません。東ティモールの人たちとの和解も困難な状況です。すべてを破壊された東ティモールの子どもたちの生活も厳しいものでした。」

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■1999年8月
「生きていることが宝」
スーダン南部で子どもの兵士たちの現状を視察

40年以上も断続的に内戦が続くスーダン南部。「できるだけ、多くの真実を見てきたい」と日本を旅立ったアグネスさんは、1999年8月11日に国連のスーダン南部支援の拠点基地ロキチョキオに到着しました。ロキチョキオで戦傷病院などを慰問後、13日から17日までワオ郡の村マペルに滞在し、難民たちの村での生活やユニセフを始めとした国連機関の活動を精力的に視察しました。15日には、わずか2日前に戦闘のあったというアチョンチョンを訪れ、争いの生々しい傷痕を目の当たりにしました。またケニア北部のカクマキャンプでは8万人を超える難民の生活を視察しました。

アグネスさんが出会った少年サンティーノ君(12)は、以前、スーダンだけで7万人もいるといわれている子どもの兵士でした。「僕は8歳の時から戦場にいたんだ。自分を守るためには兵士になるしかなかったから。軍隊では、地獄を見てきた。だから、僕の宝は生きていること。」

戦争が終わらない限り十分な援助はできない。平和が何よりも大切、でも、大人も子どもも“平和”がどんなものか知らないんです。平和への足がかりをなんとか探していきたいと語られました。

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■1998年6月
タイで「子ども買春」の実態を視察

4月6日付で日本ユニセフ協会大使となったアグネス・チャンさんが、6月10日より17日まで初の海外視察のため、タイ国を訪問しました。

アグネス大使は、バンコクでのアナン元首相(ユニセフ・タイ親善大使)、マーガレット・ドゥ・モンシー女史(ユニセフ・東アジア地域事務所で子ども買春問題を担当)との会談など公式日程の他、北部山岳地帯チェンライ県まで足を延ばし、児童労働の最も過酷なかたちである「子ども買春」の実態をつぶさに視察して参りました。

「チェンライ県のホテルでは、実際に買春の犠牲になっている14歳と15歳の2人の少女に出会い、大きなショックを受けました。厳しい状況に置かれた山岳民族の村では、買春によってエイズに感染させられてしまった子どもたちと出会い、悲痛な思いで胸が一杯になりました。バンコクのスラムでは、日本人の父親が残していった子どもたちの生活を見て、やりきれない気持ちで怒りがこみ上げてきました。」というアグネス大使。

「初めての海外視察はユニセフ協会大使としての自覚と、新たな決意を固めるのに十分な重い内容でした。日本の皆さんに是非こうした現実を知っていただきたい。」

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