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財団法人日本ユニセフ協会

世界の子どもたち

イラクで増加する先天性奇形児
<イラク>


イラク、バスラ、2002年3月27日(ユニセフ)By Leon Barkho

 車いすに座ったルキヤ・ハッサンは、目に涙をいっぱいにためて、両手に一枚の写真を握りしめています。そこに写っているのは、男の赤ちゃんのなきがらです。男の子は手の指がなく、目は確認できないくらい小さく、脚もない、グロテスクな奇形でした。バスラ産科病院の院長代理を務めるアブドゥルカリム・フセイン博士は、「彼女は一時間前にこの赤ん坊を産みましたが、もう退院することになった」と語ります。ルキヤの姑は車いすを押しながらこう言いました。「私は15人の子どもを生んだわ。6人の息子はみんな結婚して、孫はもう40人もいるけれど、こんなことは初めてよ。」
 「先天性奇形」は近年イラクで急増しています。イラク南部では、生まれる赤ん坊10人中2人が先天性奇形に分類されるといいます。アマラ保健省の責任者であるサレム・アル・サーディ博士によると、「ほとんどの赤ん坊は生まれてすぐ亡くなります。何とか生きられる程度の奇形の子どもも、適切な治療を受けられないのでいずれ死んでしまう」のだそうです。

 原因については、イラクの医師や国連の専門家、外国人科学者のあいだでいろいろ指摘されていますが、彼らの意見はひとつの点で一致しています。それは、他のさまざまな病気もそうですが、先天性奇形という障害はかつてイラク南部では見られなかったということです。「ここで問題にしているのは、流産や早産、死産ではなく、子どもが脱水や栄養不良に苦しんでいるということでもありません。これまでの医療マニュアルには載っていない事例なのです」と語るのは、バスラの医科大学の小児科学教授であるジャナン・アル・ガリブ博士です。
 「いくら白血病の知識があっても、生後わずか2か月で発病した子どもを前にすると、やはり愕然とします」産科医であるフセイン博士も、「奇形があまりにひどくて、男女の区別さえつかないことがあります」と話します。バスラとアマラの医師たちは、それまで見たことのない、また存在さえ知らなかった「不思議な病気」がイラク南部の子どもたちを襲っていると口々に証言します。イラク南部で最大の都市であるバスラとアマラには、生まれたときから手や脚のない、また頭がひどくゆがんだ奇形児を記録した写真やフィルムがたくさんありました。保健省統計によると、先天性奇形で生まれた子どもの数は、南のバスラで3倍に増えています。バスラは1980〜88年のイラン・イラク戦争、1991年の湾岸戦争のとき、戦闘の中心になったところです。

各家庭を訪れて調査する保健員  統計によると、1990年に3万2,000人だったイラクの小児ガン患者の数は、1997年には13万人に増えていることがわかりました。湾岸戦争でアメリカ軍とイギリス軍は、戦車の装甲さえも貫通する劣化ウラン弾を使用しましたが、アマラとバスラの医師たちはそれがガンの原因だと考えています。しかし、イラク南部で奇形児や死産が急増している理由を正確に突き止めるには、もっと時間と努力が必要です。

 バスラ市長のアーマド・ハマシュは、自らもイラク軍司令官としてイラン・イラク戦争とクウェートをめぐる湾岸戦争で戦いました。ハマシュ氏は「両戦争で使用された爆弾、ミサイル、発射体の3分の2は、イラク南部、とくにバスラとその周辺地域に落ちた」と語っています。
 イラクの軍事マニュアルによると、この地域に落下した爆発物の威力は、広島に投下された原爆10数個に相当します。
 アル・ガリブ博士は語ります。「経済制裁によっても、戦争が始まったときにまだ生まれていなかった子どもたちの生活が、道徳的、物質的に追いつめられています。イラクではあと数年のうちに、"大きくなれない世代"が生まれるでしょう。そのときどういうことになるのか、私にはわかりません」

※写真は本文とは直接関係ありません。

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