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財団法人日本ユニセフ協会

世界の子どもたち

聖地に向かうチベット人親子
<ネパール>


 少し前になるが、インドから陸路でネパールに入り、乗合バスに揺られて中部の街ポカラに着いた。翌日歩き始めた道は、急なアップダウンを繰り返して谷間や山腹に散在する村をつなぎ、チベット仏教の聖地ムクティナートを経由してチベットへ続く古くからの街道である。収穫物をいっぱい詰めて頭に帯をかけて大きなカゴを背負う人、両脇に下げた荷を運ぶラバの隊商とすれ違う。やがて谷間が開けた尾根筋から、神々が住む地と畏敬されるヒマラヤの高峰アンナプルナやダウラギリ山群が目の前に展開してくる。

 街道には商人や巡礼のための旅籠があり、旅人も同様にお世話になる。街道最初の宿場の旅籠に入り、通された大部屋の簡易ベッドに横になっていると、遅れて父親と男の子の親子が同室なった。男の子は日本だと小学校4、5年生くらいだろうか。土間の食堂兼居間での夕食時の片言の会話から、聖地ムナクティートへもうでる信仰の深いチベット人親子であることがうかがえた。食事を済ませ、部屋に戻ってロウソクの明かりで日記をつづっていると、親子はチベット仏教の経典をそらんじ始めた。最初は父親が低い声で経をとなえ、しばらくして子どもが復唱している。親子がつくりだすゆったりとした時間と空間に安らぎを覚え、自然と心身をそこにゆだねていた。

 その時、急にバシッと人をたたく激しい音に現実に戻された。振り向くと、親が子を叱責している。子どもは経を再び唱えだす。しばらくするとまたバシッという音と親の鋭くしかる声が響き、経典の間違いをただしている。それから何回かそのようなことが繰り返されたのち、親子は静かに寝入っていた。

 異国の旅人が見たネパールでのひとこまである。たぶん、厳しい自然の中の簡素な生活、親から引き継がれる伝統と信仰、つながりのある互助的な人間関係の中で、この子は生きているのであろう。ネパールの辺境の地にも押し寄せる近代化とグローバリゼーションの波は、これからこの子らにどのような影響を与えていくのだろうか。翌早朝、親子は聖地に向けて旅立っていった。

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