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財団法人日本ユニセフ協会

世界の子どもたち

<2004年3月10日掲載>

ダカールの貧困街で、出生登録を広める
<セネガル>


  セネガルでは、出生登録は国民の義務です。すべての子どもたちは、出生後1ヵ月以内に申告されなければなりません。申告は、父親、母親、近親者、医師、助産師、または、出産に立ち会った人によってなされること、と法律は定めています。 しかし、もし母親や家族が、この義務のあることを知らされていなかったとしたら、もし家族が、子どもは、出生登録証なしでは学校へも行けず、結婚もできないということを知らなかったとしたらどうなるのでしょうか。もし、出生登録証がなくなってしまったら、もし出生登録証を受け付ける職員が、登録の手続きを知らなかったらどうなるでしょうか。

 実は、貧しい家庭に生まれた子どもが出生登録される割合はたった39%です。手続きが複雑で、出生登録証を取得する際に料金がかかることなどを理由に、出生登録を行わない家族の割合は高まります。必要な書類がないということで、貧しい家庭に生まれた子どもは、よりいっそう学校へ行く機会に恵まれなくなります。

 2003年6月16日、マリの首都バマコで発足した西アフリカ地域出生登録キャンペーンに続き、セネガルは、すべての子どもが公式の身分証明を持つ権利を保障されるよう、活動を強化しました。多くのNGOや草の根の団体が、この問題の深刻さを認識するようになり、彼らが現地で行う通常の社会的動員を伴う活動の中で、出生登録が主な活動に位置付けられはじめました。また、国家的、国際的なレベルで広がるこの課題解決に向けた新しい勢いに刺激され、出生登録に取り組むための新しいプログラムを始めた団体もありました。

 ATD Quart Mondeは国際NGOで、最貧困の都市近郊に住む最も弱い立場に置かれた人々を対象に、保健、教育、人権問題について取り組んでいます。出生登録の地域キャンペーンが開始されたことを聞いて、ATDの国内調整員であるパスカル・ラルメントさんは、なぜ貧しい家庭が新しく生まれた子どもをきちんと出生登録しないのかを突き止めようと決意しました。

 「我々は、我々の活動に積極的に取り組んでくれる人びとを動員しはじめました。もっとも弱い立場にある人を集めた草の根の団体や、自主的に仲間に活動の輪を広げる意欲的な人びとです。セネガル政府が出生登録イニシアチブを始めたということを聞いたときに最初に我々が行ったことでした。我々の活動家たちは、これは非常に深刻な問題だと思っていました。なぜなら、彼らの多くが、そして、彼らの子どもの多くが出生登録がないことで大変苦労した経験があったからです。現在、彼らは、この問題の原因に全面的に取り組んでおり、この問題について、戸別訪問やグループでの啓発活動などを定期的におこなっています」

サム・ノテール地区で1月に行われたミーティングの参加者 毎月17日、メンバーたちは、ダカールの貧困街において、毎回違う地域で出生登録について話し合う会議を開いています。1月17日には、ムバヤン・ディアイェさんが、彼女が住むサム・ノテール地区で、身体障害のある人たちのグループを動員しました。彼女は、かつて路上で物乞いをしていた経験がありますが、今はATD Quart Mondeの支援のもと、露店を出して収入を得ています。「ほかの人には私と同じ苦しみを味わってほしくない。だから、私はここにいるんです」と彼女がいいました。

 体に障害のある30名あまりの人びとが、町役場の会議室に現れました。ダカールに住む人なら誰でも、その中の何人かを知っています。彼らはポリオのために手足が不自由になり、街角や混雑した市内の交差点で毎日物乞いをしていたからです。パスカルさんによれば、サム・ノテール地区にはこのような人が多く住んでいるのだそうです。

 数多くの参加者や彼らの訴えていること、町役場に行こうとする彼らの姿は、とても印象的なものでした。車椅子や松葉杖の参加者や背中に赤ちゃんを背負ったお母さんもいました。彼らは砂の道、ひびの入った歩道を行き、ほこりの舞い上がる交通量の多い通りをあちらへこちらへと通り抜けながら進み、何とか会議開始の5時に間に合いました。

サム・ノテールの1月会議での参加者 会議では、参加者は自由に質問し、出生登録をより利用しやすくする方法、そして出生登録の重要性をより広く認識させるためにどうしたらよいかを気兼ねなく話し合いました。内務省の代表者と地元の出生登録担当官の数人も、参加者からのすべての質問に答えるために、そして、出生登録証のない子どもが生涯を通じて直面する問題について詳しく説明するために、会議に参加しました。

 自分たちの経験を共有し、彼ら自身の問題について、担当の政府役人と話し合うことは、会議の参加者を刺激しました。彼らのひとりひとりが、近所で出生登録されていない子どものリストを用意することを決定しました。内務省の代表者は、市民としての最初の権利が尊重されるように、参加者、そして出生登録されていない子どもの家族と一緒に活動することを約束しました。

2004年3月3日
Beatrice Progida
ダカール、ユニセフ

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