メニューをスキップ
HOME > 子どもポルノから子どもを守るために >子どもポルノ被害者からのメッセージ
財団法人日本ユニセフ協会

子どもポルノ被害者からのメッセージ

被害者の声を聞いてください。

以下は、2006年10月26日(木)、日本ユニセフ協会にて開催された「守ろう子どもの権利STOP!子どもポルノ〜サイバースペースに潜む危険から子どもたちを守るために〜」シンポジウムにて、全国性暴力被害者相互支援グループ「野の花」からご提出いただいた意見書です。彼女たちは、被害について思い出したくないという気持ちの中で、勇気を出してメッセージを送ってくれました。これ以上、被害者を増やさないためにも、まずは被害者の声を聞き、「子どもポルノ」という名の性的虐待がもたらす深刻な現状を知ってください。そして、問題の解決に向けて今できることは何なのか、私たちと一緒に考えてください。

児童ポルノの問題に関する意見書 ※本意見書 ・ 被害者からの手紙の無断転載等はお控えください。

どうしてもお伝えしたいことがあったので、この書面を書かせていただいております。
私たちは、全国性暴力被害者相互支援グループ、通称「野の花」という団体です。
「野の花」は性犯罪や性虐待の被害にあった当事者の会で、現在、被害者とそのご家族の合計約七十名が在籍しています。その他にも性被害の相談がここ二年で数百件ほど寄せられました。
寄せられる相談の中には、性犯罪にまきこまれた子供が被害の際に写真や映像を撮られてしまったという話が数多くあります。
小さな子供の被害もあれば、十代の少年少女の被害もあります。
見知らぬ人からの被害もあれば、親や親類、知人などからの被害もあります。
ただでさえ精神的なダメージの大きい性犯罪・性虐待ですが、写真や映像を撮られてしまった被害者は、一生その恐怖と屈辱から逃れられません。
自分の写った写真が雑誌やインターネットで出回っているのではないか、自分が被害者であることを周囲に気付かれるのではないかと、時間が経っても怯えながら毎日を過ごしています。実際にそうした写真がインターネット上に流れ、個人を特定され中傷されている被害者や、見知らぬ人に付きまとわれたという被害者もいます。恐ろしくて家の外に出られなくなってしまったり、自殺まで考えているという被害者も少なくありません。
事件から何年も何十年も経っても、写真や映像の残っている被害者は来る日も来る日も新たに傷つけられ、性暴力を受け続けています。それは拷問にも等しい苦しみです。
私たち被害者にとって児童ポルノは「ポルノ」などではなく、犯罪や虐待の現場を永久に残した、心をずたずたにする残酷な凶器です。
こうした被害者の苦しみは、人種や国籍、性別や文化に関係なく、どんな人間にも共通したものだと思います。児童ポルノは、存在し人の目に触れることじたいが紛れもない性暴力で、人権を著しく損なうものです。
どうか、私たち被害者が少しでも安らかな日を取り戻すことができるように、児童ポルノを厳しく規制してください。取り締まってください。
名前も顔も出せずに苦しんでいる、大勢の被害者たちを助けてください。

2006年10月26日
全国性暴力被害者相互支援グループ「野の花」
メンバー一同

被害者からの手紙

以下3つのメッセージは、実際に性犯罪や性虐待の被害の中で写真や映像を撮影された3人の被害者の声をまとめたものです。

私は今、大学生です。
5才の時から11才頃までの6年間、親戚の叔父によって性的な虐待を受け、その様子を写真に撮影されました。
虐待が始まった頃、私は自分が何をされているのかわからず、叔父の要求に笑顔でこたえていました。ですから、写真の中には自分からすすんで虐待行為を楽しんでいるように思えるようなものも多くあるはずです。
叔父の行為は年々エスカレートし、小学校にあがり性的な行為の意味がわかるようになったこともあり、私は虐待を拒否しようとしましたが、このことが明るみに出ればお前は警察に捕まる、両親に捨てられると言われました。
私はこのことを誰にも相談できないままでした。
両親の都合で遠い土地に引っ越すとともに虐待は終わりましたが、あの写真がどうなったのかを考えると恐ろしくて、中学生にあがってから私はリストカットや自殺未遂を何度も繰り返しました。
インターネットの使い方を覚えてからは、ネット上に自分の写真がばら撒かれていないかと、何かにとりつかれたようになって毎日探しました。そこで日本人だけでなく外国の子供たちが写っている児童ポルノを目にして、背筋が寒くなり、何度も嘔吐して泣きました。 でも自分の写真を探すことがやめられないのです。
私の写真ではないだろうかという児童ポルノを見つけても、確証が持てません。どれを見ても自分が写っているように思えます。それに、私のような普通の学生がいとも簡単に児童ポルノを入手できるこの世の中が恐ろしいとも思います。
私は大人になっても恋愛もできません。
好きな人ができても、あの写真があるかぎりは自分には絶対に結婚もできないし子供を産むこともできないと考えています。
今のように児童ポルノが簡単に手に入る世の中では私はとても過去を忘れることはできません。自分の人生は終わってしまったように感じます。
もし、世の中を変える力のある人がいるのなら、どうか私を助けてください。
(関東の大学生の女性より)

私は、家でお風呂に入っているときに知らない男の人からビデオを撮られました。お父さんとお母さんが気がついて、追いかけてくれたのですが、逃げてしまいました。あとで警察の人が来て調べると、私の部屋やトイレの窓の周りにもたくさん足あとがついていました。古いものもあったようで、たぶん前から何度も撮られていたのではないかと警察の人も言っていました。  
それから私は怖くて学校に一人で行けません。いつも誰かに見られているような気がしてびくびくしています。男の人がみんな危険のように見えます。私が知らないところで私を撮ったビデオが、どこで誰に見られているのかと思うと気持ちが悪くて、怖くて仕方ありません。  
学校でも、あやしい男の人が体育の授業などをビデオに撮っているのを見たという話がありました。ビデオは、いろんなところで売られたり、ネットでも見れるようになっていると聞きます。一度、勇気を出して警察に電話をして「ビデオは警察が見つけたら処分してくれるんですか」と聞いてみたことがあります。でも警察の人は「そのビデオが盗撮だって証拠がないと無理です。それに、裸を見ただけじゃあ写っている人が子供だってわからないだろうし、見ただけの人は捕まえることはできません」と言われました。  
たしかに私は中学生ですが、身長も高く大人のように見えます。でも自分で撮られたくて撮られたわけじゃありません。  
もしあのビデオを私の知っている人が見たら、私は生きていけません。一生部屋から出られません。私がビデオを撮った犯人を捕まえることは無理です。ビデオがもしばらまかれていたら、それを自分で探して集めるのも無理です。警察などが助けてくれないと、自分でなんとかすることはできません。  
こんなビデオや写真を見ても警察につかまらない世の中はおかしいと思います。撮られて人にとっては犯罪です。悔しくて悲しいです。  
どうか新しい法律を作って、厳しく罰してください。助けてください。  
(中学生の女子生徒より)

近年、児童の性的虐待や児童ポルノの問題がようやく覆い隠されることなく取り上げられはじめているのを感じ、私がある体験を通して切に願うようになった「児童ポルノ」防止への具体的な取り組みの訴えを多くの人に私なりにですが伝えるべき時期がきているとの思いから、この文章を書きました。
まず私の体験から述べます。以下の記述の一部には不快感を抱かれる方もあるかと思いますが、できれば現実を直視する意味で飛ばさずに読んでいただきたいです。

数年前のある日、インターネットでいわゆる児童ポルノ禁止法に関する記事を見かけたとき、私はあるとても不吉な予感に襲われました。記事の内容は児童ポルノ禁止法の概略とそのねらい、児童ポルノの現状を紹介したものだったのですが、その中に、かつては少女を被写体としたヌード写真が無修正で載った雑誌・写真集が売られていて、比較的簡単に入手できる状態だったとありました。
私を襲った予感とは、それらの中に私が写った写真が載っているものがあるのではないか、 という予感でした。もちろんそんな写真を撮られた記憶もない人がそんな予感を抱くわけはなく、実は私にはその記憶があったのです。
当時の雑誌を入手してみようかと思っていたところ、今ではインターネット上のファイル交換や画像掲示板などで児童ポルノが入手できるということでしたので、私はそれを試してみることにしました。はじめに何種類かの「画像詰め合わせ」の圧縮ファイルを入手し、それを見てみましたが、その中に自分とおぼしき少女は写っておらず、半分安心すると同時に、まだ性的自覚が乏しく立場も非常に弱いことに付け込んで(強制的に撮ったとしか思えない写真や盗撮による写真もあり、それらも許せませんが)、少女をこんな形で写真に撮ることが行われていることに強い怒りを覚えました。
児童ポルノは残念ながら世界中に無数に存在し、その中のいくつかを入手してその中に自分の写真が無かったとしても絶対に自分の写真が出回っていないという保証にはなりません。でも私は、自分が安心したいという妙な目的で児童ポルノの収集を始めました。
それこそ何千万という写真が集まった頃、ある一群のサムネイル画像を目にしたとき、私は血の気が引いて一瞬気を失いかけました。その一連のファイルをフォルダごと削除して見なかったことにしようかとその後数日随分悩みましたが、意を決してその画像を直視しようと決めました。
それらの写真には確かに私が写っていて、どの写真も見覚えのある、自分のベッドのあった部屋やお風呂などで撮られたものでした。少女モデル気取りで、全裸、または下半身裸で、いろいろなポーズで嬉しそうに何十枚もの写真に収まっているのです。
この写真を撮ったのは私の父でした。
私の父はカメラマンか何かの仕事をしていたようで、よく私を撮ってくれていました。
「ようで」というのは、父は私が8歳のときに失踪したので、今は確認するすべがないのです。出来上がりの写真はとてもよく撮れていたことを覚えています。

小学校に上がって最初の夏休み、母はパートに出ていたので、私は昼間に父と一緒にいることが多くなりました。そしてその夏休みの間、父はわたしのヌード写真を何枚も撮影しました。もともと父におだてられながら、よくアイドルになった気分で父の要求するポーズで写真に収まっていましたが、裸になったりAV女優顔負けのポーズをすることをどう納得させられたかはよく覚えていません。
「これはお父さんとA子だけの秘密だからね。誰にも言っちゃだめだよ。」というようなありがちな口止めをされたのか、誰かにそのときのことを話したり、話すかどうか悩んだというような記憶はありません。
こうして撮られた写真の中でも特に耐えがたいのは、ニコニコ顔で脚をガバリと開いた写真、そして性器を左右から指で開いている写真です。どうしてこんな格好を楽しそうな顔でしているのかと自分でももはやあきれるほかありませんでした。四つん這いで尻を突き出し、左右の尻を開いて肛門、性器を露わにしながら、カメラの方を振り向いて笑いかけている写真。そんな写真が本当にうんざりするほど何枚も何枚も撮られていました。
裸で写真を撮られたのはこのとき(夏休み)だけで、父はその次の年の秋頃に忽然と姿を消し、その後生きているのかも死んでいるのかもわかりません。

父が写真をその後どうしたのかはわかりませんが、どこか児童ポルノを買い取ってくれる会社に持ち込んでいたからこそこうしてインターネット上に画像ファイルとして流れているのでしょう。どれも今ならば、いくらお金を積まれても、決してそんな格好で写真に収まるなんて考えられないような姿で、しかも無邪気に、本当に楽しそうに写っている7歳の私自身に対してすらも怒りが込み上げてきました。
私はこのことに、つまり強制的に服を脱がされ性器を露わにされたわけではなく、大切な自らの性を、自分から喜んでカメラの前に晒していたという事実に悩まされました。
小学校の上がる頃には男の子の前で堂々と裸になることは絶対にできないぐらいの羞恥心は育っていましたから、例えばもし父が撮った写真をクラスの子に見せようとしたとしたら必死で阻止しようとしたでしょう。(実際にはそんなことはありえないことですし、逆に父がそう言ってくれていたら、自分が撮らせている写真のすさまじいばかりの恥ずかしさに気づいてこんな風に撮られるのはいやだと言い出していたはずです)。
父は私が服を脱ぐ前にも写真を撮り、その写真だけを私に見せ、私の裸を撮った写真は決して私に見せませんでした。やはり父は巧妙に私の性の自覚がまだ薄いことに付け込んだのです。そう思わなければ私は物心つく頃にはすでに自分に自分の性を不特定多数に露出する変態的な願望を持っていたことになってしまいます。そうは思いたくないですし、ましてや他の人からそう思われるのは耐えがたいことです。
父が子どもの頃の私を撮った写真は父が失踪してからは見たことがなかったので、実家に帰ったときに当時の写真を探したのですが、なぜか父が私を撮った「普通の」写真は1枚もありませんでした。母に残っているか聞いてみようとも思ったのですが、母がもし父のやったことを知っていて、そのことを私に告白しなければならない羽目になってしまうとしたらお互いとても辛いので、聞くことはしませんでした。
私は、自分が小学生の頃までに撮られた写真(母はカメラを持っておらず、私を写真に収めることもありませんでしたが、学校などで撮られたものがいくらか残っていました)を全て誰の目にも触れないように厳重に保管しています。
それでも、小学校のクラスメイトなど当時の私を知る人がインターネット上で私の裸の写真を見つけ、それが私であることに気づき、そのことが噂として広まったらどうしよう、という恐れを常に抱いています。そして、夫や、なによりも、これから欲しいと考えている私の子供にだけは絶対に知られては困るのです。

今回このような形で私の体験を述べたのは、「幼少時に自分がポルノ画像に撮られたこと、そして場合によってはいつまでも誰もが入手しうる状態に置かれていて、回収することはもはや不可能であることに傷つき、さらにはその事実が暴露されることをひたすら恐れている女性」が実際に存在すること、そしてそのことは「小さいときのことだから」で済まされるものでは決してないことを多くの人に知っていただき、もうこれ以上少女がポルノの被写体にされることを防ぐための措置がより進められることを願ってのことです。
具体的には取り締まりの強化と、罰則の厳格化、子供にできるだけ早い段階で性的に身を守る自覚を持たせることなどが必要であると考えます。取り締まりの強化についてですが、もちろん、レイプ犯がたとえ死刑に処せられるとしても女性がレイプされることが完全になくなる日はおそらく永遠に来ないのと同じく、こうしたら少女がポルノの被写体にされることは完全になくなるという解決策はないでしょうが、私の父のように(私はもし父が生きていたら私がこの手で殺してやりたいぐらい憎んでいます)少女をゆがんだ欲望を満たすための道具に使う卑劣な人間たち(撮ろうとする人間だけでなく、それを求める側、商売に利用しようとする側も含めて)にはしかるべき制裁(レイプと同等の処罰をするなど)が加えられることを切に望みます。私の意見は被害者ゆえの極論と受け止められる向きもあるでしょうが、すくなくとも現状よりさらに厳しい取り締まりをするということが必要であると考えます。
また、子供にできるだけ早い段階で最低限の性的自覚を持たせることは絶対に必要で、可能な限り早くに行うべきだと考えます。性的自覚といっても「自分の性器は大切なところであり、決して他人に見せたり触らせたりしない」「相手が親や親戚などであっても、写真やビデオに撮らせない」という単純なものです。これはオムツが取れ、トイレが自立した子にはもう教えるぐらいでも早すぎることはありません。
私もこのことを徹底されていれば少なくとも自分から性器を晒して被写体になるなどということは、例え父に言葉巧みに求められても拒否する気持ちを持てたでしょう。

以上の対策にひとりでも多くの方の賛同をいただき、わずかでもそれが実現の方向に向かうならば、このような匿名ながらしたことも報われると考えています。
(匿名希望の女性より)

トップページへコーナートップへ戻る先頭に戻る