2025年5月22日サヌア/東京発
イエメンの子どもたちは、10年に及ぶ紛争、経済不安、全土に広がる栄養不良、脆弱な医療制度、コレラなどの疾病の流行、と積み重なる課題に直面し続けています。支援が必要な子どもの数は1,000万人を超えるとされ、世界最大級の人道危機下にありながら「忘れられた危機」とも言われていたイエメンの状況ではありますが、直近の世界情勢により、再び注目が集まりつつあります。
深刻な人道的ニーズに対応するため、ユニセフ(国連児童基金)は今も、子どもたちの命と未来を守る支援を続けています。しかしながら世界的な海外援助の削減、という資金危機も新たに加わり、重要な支援サービスの提供が脅かされています。現地の様子と今後の課題、ユニセフの取り組みについて、首都サヌアから、現地事務所の根本副代表が報告いたします(本記事は、3月28日に開催したオンライン記者ブリーフィングの内容をまとめたものです)。
――はじめに
© 日本ユニセフ協会/2025
サヌアより報告を行う根本巳欧副代表
私は2月にイエメンに異動してきました。前任地のシリアと同様、イエメンは非常に困難な、そして複雑な緊急人道支援下にあります。そうした中で、私は副代表として、ユニセフの子どもたちのための緊急人道支援を指揮する立場にあります。わずか2カ月弱ではありますが、イエメンでの私の経験、そしてイエメンの子どもたちの現状、ユニセフの活動について、皆さまにお話したいと思います。
――イエメンはどのような場所なのでしょうか。
イエメンはアラビア半島の南部にあり、紅海とアデン湾に面する国です。国土は55.5万平方キロメートルと日本の1.5倍の面積がありますが、人口は4分の1の3,370万人ほど。ただここ数年、紛争のため確実な人口調査ができていませんので、あくまでも推定の数字です。このうち、18歳未満の子どもは半数以上を占めます。私が今いるサヌアは標高が非常に高く、富士山の5合目に相当する標高2,300mにあるため、赴任したばかりのころは少し息切れがするほどでした。
© UNICEF Yemen/2018
サヌアの周辺は、アラビア半島一高いナビ・シュワイブ山を含む山岳地帯が広がります(イエメン、2018年撮影)
国内にはイスラム教のスンニ派とザイド派(シーア派の一派)を信仰する人々に分かれており、10年に及ぶ紛争で国が2つに分断された状況にあります。私のいる首都サヌアとその周辺はザイド派に属するフーシ派が管理下に置く場所で、国際的に認められた政府などのスンニ派勢力が、第二の都市アデンをベースにしそれ以外の場所を治めています。背景にはそれぞれを支援する国や組織があり、紛争が長期化・複雑化している要因のひとつにもなっています。南部は各勢力によって分裂しており、まさに割拠という言葉で表されるような状況にあります。人々を支援するため、ユニセフなどの国連組織はすべての当事者との連携や協力が必要になってきます。
――人々はどのような暮らしを送っているのでしょうか。
現在、8割以上の人々が国際貧困ライン(1日1人当たり2.15米ドル)以下の生活をしており、経済危機が悪化しています。
長期化した紛争により、社会経済基盤も崩壊しています。学校や病院でサービスを提供できなくなったり、あるいは教職員や医療従事者に給料が払えなくなったりといった状況があります。
人道支援のニーズは大きく、人口の約3分の2に当たる1,950万人(うち、子ども1,000万人以上)が支援を必要としていると推定されています。
また、今年初めに米国がフーシ派を外国テロ組織に再指定したことにより、国連は組織と関係のある銀行や企業などと取引を行うことができなくなりました。こうした多分野、多岐ににわたる経済制裁の影響で、人々の暮らしはさらに苦しくなる可能性があります。ユニセフは影響を分析し、持続的に支援が届けられるよう工夫を重ねています。
――子どもたちの状況について教えてください。
© UNICEF Video/UNI764773
南部ラヘジの病院で栄養不良の治療を受ける赤ちゃん(イエメン、2025年3月撮影)
5歳の誕生日を迎える前に、子ども1,000人のうち41人が亡くなっています。一度も予防接種を受けていない子どもが3割近く。母乳育児にいたっては、ほぼ実践できていないような状況です。5歳未満の子どもの半数が急性栄養不良に陥っています。学校に通えていない子どもは約270万人おり、たとえ通えたとしても小学校を修了する子どもは半数しかいません。多くの子どもたちが学んだり友達と遊んだりする機会を奪われています。女の子の3分の1が18歳未満で結婚する、児童婚をさせられています。
今ご紹介した統計は国全体の平均値であるため、個々の地域や地方を細かく分析した場合、状況が大きく悪化している子どもたちもいます。例えば、国全体では7割以上の子どもたちが安全な飲み水へのアクセスがありますが、遠隔地の農村ではアクセスがほぼできなくなります。特に支援が必要な人々が多く暮らすと国連が認定した地域は、フーシ派の管理下にある北部に集中しています。そのため、ユニセフは北部に留まり、緊急人道支援を続けているのです。
――ユニセフはどのような活動をしているのですか。
ユニセフは、サヌアにある全体を統括する国事務所の他、サヌア・アデン・サアダ・ホデイダ・イッブに5つのフィールドオフィスを設け、350人ほどの職員が勤務しています。ユニセフの強みはこうした各地のネットワークを活用した現場への機動力で、これにより適時の支援が可能になっています。2025年の予算は約500億円で、主なドナーは世界銀行および、米国、英国、ドイツ、そして日本の各政府です。ただ、各国が海外援助の削減を発表・検討している中、今後、支援規模を縮小せざるを得ない状況が予想されています。
課題は多くありますが、ユニセフは子どもたちとその家族のために支援を続けています。活動分野は保健、栄養、水と衛生、子どもの保護、現金給付など、多岐に渡ります。双方の当事者と連携し支援を届けるには、現地NGOや地元コミュニティとの協力が欠かせません。ユニセフはこうしたコミュニティの育成も行っています。
© UNICEF Video/UNI764773
ユニセフが支援する栄養治療食を口にする子ども(イエメン、2025年3月撮影)
© UNICEF/UNI627011/Alhamdani
マアリブにある国内避難民キャンプで配布したユニセフの衛生キットを持ち帰る男の子(イエメン、2024年7月撮影)
© UNICEF/UNI528216/Gabreez
妊婦にカウンセリングを行う、コミュニティ・ヘルスワーカー(地域保健員/CHW)(右)(イエメン、2023年3月)
2024年には、以下のような成果を達成しています。
- 約43万2,000人の重度急性栄養不良の5歳未満児を治療
- 約3,200カ所のプライマリ・ヘルスケア施設を支援し、58万人の5歳未満児を含む760万人へ命を守る基礎保健サービスを提供
- 120万人に緊急・持続的な水と衛生に関する支援を提供
- 学校教育が継続できるよう、4万9,600人以上の小・中学校の先生への現金給付
- 960万人以上の脆弱な立場に置かれている人々への現金給付
――特に課題となっていることは?
大きな課題は3つ挙げられます。1つ目は、政治経済情勢、そして治安情勢の不安定化です。人道支援を行うためには、アクセスや、安全で適切な環境の担保が不可欠です。例えば、フーシ派によって、北部で人道支援従事者が拘束される事案が確認されています。ユニセフの職員も2名、拘束されまだ解放されていません。こういった事態を防ぎ、職員の安全を確保しながら支援を続けることが課題となっています。また北部では、宗教的な理由や慣習の影響で、女性職員が一人で遠方に移動することができません。こうしたことが、ユニセフの活動を制限することがあります。さらには、国が分断されている「1国2制度」の状況により、双方の当事者、それぞれの教育省、それぞれの保健省などと交渉する必要があります。私自身も、サヌアとアデンの両都市を行ったり来たりします。この状況は双方からの信頼を得て活動を継続できる良い面がある一方で、分断により全く違う2つの教育制度や保健制度が作られてしまう危険性もあります。いかに全土で共通の制度を作っていくかが、とても大切になります。
2つ目に、社会サービスの再建です。保健、栄養、教育など、ユニセフの活動の柱となる分野の基礎サービスやインフラなどのハード面の整備、そして教職員や医療従事者などのソフト面の質も高め能力を強化していくことが必要です。
3つ目は、使途に限定の無い、柔軟な活動資金の確保です。同じ中東にあるガザやシリアに焦点が向かい、イエメンに対する国際社会の関心が相対的に低下しています。さらには先述した通り、米国をはじめとし、各国政府が海外援助を削減しています。こうした中で、いかに資金を確保し、子どもたちに良いサービスを提供するかというのが大きな課題となっています。
支援のニーズはまだまだ残っています。2025年、ユニセフはイエメンでの活動のため、約300億円を国際社会に要請しています。しかし現在のところ、およそ3%しか集まっていません。
非常に厳しい人道危機下にあるため、他の国連機関や国際NGOが、特に北部から撤退しているケースが目立ちます。さらに米国政府による資金凍結の決定が追い打ちとなり、その支援を受けていたNGOもほぼ全て、北部から去ってしまいました。ユニセフは現場に残った最後の団体の一つですが、ユニセフだけでは全てを賄うことはできません。今後はより効率的に、そして時にはより対象を絞った支援を行うことを考えなければなりません。
――日本からはどのような支援が届いていますか。
© UNICEF/UNI417587/Record Media
日本政府からの支援により栄養プロジェクトが実施されている病院で、医師の診察を受ける1歳2カ月のジャワヘルちゃん(イエメン、2023年4月撮影)
日本政府、そして日本の皆さまから寄せられるご支援やご関心は、これまで述べてきたような課題が山積している中、本当に明るいニュースとなっています。心より、お礼申し上げます。
2月に日本政府から、補正予算と国際機関連携無償資金協力という形で、イエメンにおける保健・教育に対してのご支援をいただきました。特に紛争によって分断されてしまったような地域では、保健サービスや教育サービスを実施することで、地域の安定化を図ることができます。
また日本ユニセフ協会を通じて、民間の皆さまからのご寄付も呼び掛けておりますが、今後さらなる支援に期待しています。
ユニセフ・イエメン事務所に勤務する日本人職員として、支援の現場でも、そして日本においても、もっと日本の支援に対する認知が広がることを願っています。そのためにも、支援を活用させていただいている様子などを、これからも皆さまにご報告したいと思っています。
――最後に
赴任してからまだ2カ月弱しか経っていませんが、イエメンの子どもたちのニーズが膨大であることは痛感しています。これまでに2つのフィールドオフィスを視察し、保健所や学校も訪問しました。そこで子どもたちと話して感じたことは、彼らが生き延びたい、勉強したい、という思いを強く持っていることです。これは世界中の子どもが持つ、共通の願いなのではないでしょうか。
© UNICEF Yemen/2025
サヌア近郊の保健所を訪問し、子どもたちと対話する根本副代表(イエメン、2025年5月撮影)
イエメンは、爆撃された時や海外援助が削減された時、あるいはガザ危機などに関連して、メディアで取り上げられます。時にはただの「ニュース」の一つのように感じてしまうかもしれませんが、その背景には、モハメド君、アミナタちゃん、という一人ひとりの子どもが「子どもらしく生きたい」と思いながら暮らしているのです。子どもたちの思いを、日本の皆さまにもぜひ知っていただきたいと思います。
イエメンの子どもたちのことを、これからも忘れないでいただければ光栄です。本日はどうもありがとうございました。
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登壇者略歴
ユニセフ・イエメン事務所副代表 根本巳欧(ねもと・みおう)
© UNICEF
東京大学法学部卒業後、米国シラキュース大学大学院で公共行政管理学、国際関係論の両修士号取得。外資系コンサルティング会社、日本ユニセフ協会を経て、2004年4月にジュニア・プロフェッショナル・オフィサー(JPO、子どもの保護担当)として、UNICEFシエラレオネ事務所に派遣。子どもの保護担当官としてモザンビーク事務所、パレスチナ・ガザ事務所で勤務後、東アジア太平洋地域事務所(地域緊急支援専門官)を経て、2016年10月からUNICEF東京事務所に勤務。2020年12月から2021年4月まで同事務所長代行、2021年3月から6月までソウル事務所長代行を務め、2022年5月から8月まで緊急支援調整官としてブルガリア事務所勤務。2023年2月から2025年2月までシリア事務所副代表を務め、2025年2月より現職。