2026年1月22日カトマンズ(ネパール)発

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生まれて間もない娘を胸の上に抱くサリタさん(ネパール、2025年5月2日撮影)
ネパールの首都カトマンズで暮らすサリタさんが、娘を初めて抱いたのは、出産から19日後のことでした。サリタさんは複雑な妊娠経過を経て、緊急帝王切開で出産しました。早産で生まれたわが子は体が小さく、血中酸素濃度も低い状態で、すぐに新生児集中治療室(NICU)へ運ばれました。
サリタさん自身も術後の痛みで起き上がれなかったため、娘の顔を見に行くことも、母乳をあげることもできず、ただ回復を待つしかありませんでした。そして、不安で押しつぶされそうななか、ひとつの思いが頭をよぎりました――「私の赤ちゃんはお腹をすかせていないかしら」。
そんなサリタさんの支えとなったのは、医師からのある提案でした。サリタさんが入院する病院には、ネパールで唯一の「母乳バンク」があり、そこに提供された他の母親の母乳をNICUにいる娘に与える、というものでした。サリタさんは迷わず、「お願いします」と頼みました。
かけがえのない命を守る母乳バンク
カトマンズにあるパロパカル産婦人科病院の母乳バンクは、ユニセフの支援を受け、ネパールの保健人口省によって2022年に設立されました。同院では、合併症を抱えた早産のケースを中心に、ネパール各地から妊産婦を受け入れています。母乳バンクは、母親が授乳できない場合でも、新生児が必要な栄養を十分に取れるようにすることを目的としています。
サリタさんの娘も、この母乳バンクの恩恵を受けました。最初は1回あたりわずか2mlから始まり、やがて25mlまで母乳の摂取量が増え、体重も徐々に増加して容体は安定しました。サリタさんは、「母乳バンクのおかげで娘は命をつなぐことができました」と感謝の言葉を口にします。

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ネパールで唯一の母乳バンクが併設されているパロパカル産婦人科病院(ネパール、2025年4月30日撮影)

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母乳バンクに提供された母乳を保管用の冷蔵庫に入れる看護師(ネパール、2025年4月30日撮影)
サリタさんの娘に与えられた母乳を提供した一人が、スシラさんです。スシラさんは同じ病院で元気な女の子を出産しましたが、赤ちゃんには黄疸の症状が見られたため、入院して治療を受けることになりました。娘が退院するまでの間、付き添っていたスシラさんは、病院内の母乳バンクの搾乳室にも立ち寄るようになりました。
「母親というのは、子どもに栄養のあるものを摂らせてあげたいと思うものですが、その願いが叶わないこともあります。私は自分の子どもに飲ませるのには十分以上の量の母乳が出ていたので、母乳を必要としている他の赤ちゃんに余剰分を提供したいと、病院のスタッフに申し出ました。血液検査を受け、搾乳の仕方について説明を受けた後、母乳のドナーになりました。私の母乳によって、他の赤ちゃんのお腹が満たされ、命を守ることにつながっていると思うと、うれしいです」。
スシラさんのようなドナーから提供された母乳は、低温殺菌や検査を経て、安全な状態で管理されます。母乳バンクには毎日1,500~1,600mlの母乳が提供され、パロパカル病院や10の提携病院で、重篤な状態にある乳児に届けられます。これらの母乳は、乳児の吸う力が弱すぎる場合や、母親が産後に体調不良であったり、手術後の回復期にある場合など、母親の母乳を与えることが難しい状況にある赤ちゃんの生存率の向上につながっています。

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母乳バンクに提供するために搾乳するスシラさん(ネパール、2025年4月30日撮影)
増え続けるニーズ~より多くの新生児に支援を届けるために
母乳バンクを開設した当初と比べ、ドナーの数は大きく増加して、届けられる母乳量も増えました。それでもニーズに対して十分ではありません。母乳バンクを通した母乳の需要は増え続けており、より遠方からそれを求めて家族が訪れるようになっています。その一人、モハマドさんは、早産で生まれたわが子のために、別の病院からの紹介状と小さな青い保冷ボックスを手に、パロパカル病院まで歩いてきました。「最初の子どもが生まれたときにも母乳バンクがあったら、あの子も生き延びられたかもしれません。自宅の近くにもこんな施設があったらいいのですが」。モハマドさんは静かにそう話しました。
ユニセフ職員で栄養専門家のフルゲンドラ・シンは、「病院や保健人口省など、関係機関と連携して母乳バンクを拡大し、他の病院にも開設できれば、ネパール国内の新生児の生存率全体を向上させられる」と語ります。また、拡大する需要に応えるためには、母乳バンクの運営をより持続可能なものにしていく必要があると指摘します。具体的には、母乳バンクの運営ガイドラインや機器のメンテナンス体制を強化するとともに、医師や看護師をはじめ、母乳バンクの運営を担う人材を育成していくことが課題です。

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母乳バンクから受け取った母乳を保冷ボックスに入れて持ち帰るモハマドさん(ネパール、2025年4月30日撮影)
2人の母親の間に生まれた深い絆
スシラさんとサリタさんが退院の準備をしています。2人とも、娘の名前は家に戻ってから決める予定です。
顔を合わせたことのない2人ですが、言葉を交わさずとも深い絆で結ばれています。
スシラさんは言います。「私たちは『絆』というと、血縁による家族のつながりを思い浮かべがちですが、血のつながった母親と子どもの間だけでなく、直接会ったことがない子どもや母親とも、深いつながりを築くことができるのだということを、母乳バンクを通して気づかされました。実際、私は母乳の提供を通して、そうしたつながりをつくることができたと感じています」。
一方、サリタさんは、授乳を終えてぐっすり眠る小さな娘を胸に抱きながら、こう語りかけました。
「人のために行動することは、何よりも尊いこと」。

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パロパカル産婦人科病院で娘に母乳を与えるサリタさん(ネパール、2025年5月2日撮影)



























