メニューをスキップ

プレスリリース

ユニセフ イノチェンティ研究所レポートカード20
~日本への解説~

阿部 彩(東京都立大学教授)

ポイント

  • 経済格差は、一つの国の中での子どものアウトカム[i]の格差をもたらすだけでなく、格差があること自体が国全体の状況を悪化させる。
  • 日本は、先進諸国の中では比較的に子どもの間の経済格差が大きい国の一つ。
  • 日本は、経済格差の大きさの割には、肥満率、学力については状況がよい。国内の学力の子ども間の差も小さい。
  • しかし、経済格差の大きさの割には、社会的スキルの状況が若干悪い。
  • 生活満足度は、経済格差との関連が薄いが、国内の子ども間の格差は見られる。

ユニセフのレポートカード20(以下、「RC20」)は、大きく分けて前半と後半に別れます。前半は、各国の国内の経済格差と、子どものウェルビーイングの関係について、後半は経済格差がどのような経路(“pathways”)を通って子どものウェルビーイングに影響するのかを検討しています。本解説では、日本の子どもの状況を念頭に、RC20の主旨を読み解いていきます。レポートカードのデータに加えて、いくつか、日本のデータを参照していますので、レポートカードと合わせてお読みください。

1.経済格差の子どもへの影響

 

1.1. 分析の視座

まず、RC20の前半について解説します。前半のポイントは、どれほど経済格差が子どものウェルビーイングに多大な悪影響を与えるのかという点です。これは、一つの国の中で子どものウェルビーイングに差がある(例えば、学力の高い子どもと低い子どもが存在する)といったようなことや、国と国との間に子どものウェルビーイングの差がある(例えば、平均学力が高い国と、低い国がある)といったことではありません。経済格差によって、どれほど子どもの状況が異なるのか、ということです。さらに、RC20は、この問いを2つに分けています。

【A】一つの国の中での子どもと子どもの比較
一つの国の中において、経済状況がよい家庭と悪い家庭では、どれほど子どものウェルビーイングは異なるのか。

【B】国と国との比較
経済格差が大きい国と、小さい国では、平均的な子どものウェルビーイングは異なるのか。

このうち、【A】については、これまでもレポートカードで多く扱ってきました。学術的にも多くの研究成果があり、読者のみなさんもよくご存じなのではないでしょうか。例えば、貧困世帯の子どもと、貧困ではない子どもの学力や健康に差があることは、これまでのレポートカードにても詳しく説明されています。

【B】については、若干の説明が必要です。【B】は、国内に経済格差があること、それ自体によって子どもに影響が及んでいるということを示しています。この分析は、イギリスの疫学者Wilkinson氏らの研究が背景にあります。彼らの研究は、格差自体が人々に悪影響を及ぼすことを示しました(Wilkinson & Picket, 2009)。貧困層など格差の下の方の人々の状況が、格差の上の方の人々の状況よりも悪いというだけでなく、格差があることによって、経済階層のどこにいる人も状況が悪くなるのです。自分自身の経済状況がよい人も、格差社会からの影響を逃れることができないのです。このような経済格差の影響を見るために、RC20では、RC16、RC19と同様に、子どものウェルビーイングを6つのアウトカム指標で測り、その数値と、国内の経済格差の関係を分析しています。経済格差を表す指標は、2つ用いられており、一つは、80/20率、もう一つは子どもの貧困率です。80/20率とは、上から20%の経済状況の子どもと、下から20%の経済状況の子どもの経済格差を表します。

日本の国内の経済格差を見ると、80/20率は、43カ国中10番目に高く(Fig.2、左グラフの下から10番目)、イギリス、アメリカなどに比べると低いものの先進諸国の中では、日本は所得格差が大きい国の一つであることがわかります。日本の数値(6.35)が表すのは、日本の子どもの中の最も経済的に恵まれた20%の子どもは、最も恵まれない20%の子どもに比べ、世帯所得が6.35倍あるということです(例えば、一番下の20%の子どもたちの世帯所得が200万円だとすると、一番上の20%の子どもたちの世帯所得は1,270万円)。一方で、子どもの貧困率は16.7%であり、中間の位置にあります。

 

1.2. 分析の結果

それでは、【A】一つの国の中での子どもと子どもの比較と【B】国と国との比較について、RC20の結果を見ていきましょう。表1は、子どものウェルビーイングの各アウトカム指標についての結果をまとめたものです。

 

 

【A】については、関連の強弱はあるもののすべてのウェルビーイングの側面において、経済状況がよい子どもの方が、経済状況が悪い子どもよりも指標の結果が悪いことが示されています。経済状況が悪い子どもは、そうでない子どもに比べ、死亡率、肥満率が高く、生活満足度が低く、自殺率が高く(限定的)、学力や社会スキルが低いことがわかっています。

【B】については、指標によって異なる結果となっています。子どもの死亡率、学力、社会スキルについては、強い関連が見られ、子どもの死亡率と肥満率についても、弱い関連が見られました。しかし、子どもの精神的幸福度のアウトカム指標として用いられた生活満足度と自殺率については関連があるという結果は見られませんでした。RC20は、関連が見られなかった指標についても、用いた指標の制約の可能性があるため、関連がないと結論づけることには注意を促しています。

還元すると、6つの指標のどれも、国内の経済格差による子どものウェルビーイングの差(【A】)は確認され、それに加えて、少なくとも、身体的健康とスキルについては、国の経済格差が、子ども全体のウェルビーイングに関連していることが示されています(【B】)。

 

1.3. 日本の国内格差と子どものアウトカム

日本の状況を見てみましょう。まず、【A】の日本国内の経済状況による格差について見ていきます。死亡率と自殺率についてはデータはありませんが、それ以外の指標については、国内の子ども間には、経済状況がよいほど、指標もよいことが立証されています。肥満率については、小学校年齢の子どもでは結論が出ていませんが、中高生年齢の子どもでは家計支出が高い(=お金をたくさん使う)家庭の子どもは、低い子どもに比べて肥満となる確率が低いことがわかっています(Kachi et al. 2021)。生活満足度については、RC20でも使われているOECDのPISA調査の日本の子どものデータを社会経済文化的背景別に集計すると、若干ですが、社会経済文化的背景が上位の子どもの方が生活に満足していると答える割合が高いことがわかります(χ2=13.2, p=0.04)[ii]

 

 

学力については、RC19で解説しているように、日本においても社会経済文化的背景による格差が顕著に見られ、また、その差はコロナ禍を経て拡大傾向にあります(UNICEF, RC19)。図2には、2022年PISA調査の数学リテラシーの点数を社会経済文化的背景別に示しています。最下位25%の子どもはレベル1以下(最低レベル)が多く、その割合は階層が上になるほど少なくなっています。

 

 

社会的スキルについても、「すぐに友達ができる」と答えた15歳の生徒の割合(RC20にて用いられている指標)は、社会経済階文化的背景によって差があることがわかります(χ2=16.7、p=0.053、図3)。

 

 

しかし、これらの格差は、他国に比べると、それほど大きなものではありません。特に、学力については、RC20にても比較の表が掲載されていますが(Fig.15)、日本は先進諸国の国々の中では最も格差が小さい国でした(Fig.15)。

次に、【B】の国内の経済格差が、日本全体の子どもの状況とどのように関連があるのかを見てみましょう。先に述べたように、日本は、国内の経済格差が比較的に大きい国です。ですが、国内の経済格差と6つの指標との関連で見ると、格差の割には状況がよい指標と、格差相当の指標、そもそも格差と関連がない指標があります。例えば、子どもの死亡率との関連を示すFig.6で見ると、日本はオレンジの線より下に位置しており、格差(6.35)の割には肥満率が低いことがわかります。同時に、日本の各指標のランキングを見ると、肥満率と学力は、1位と3位と、日本の子どもたちはよい状況にあることがわかります。すなわち、この2つの分野において、日本は他国に比べて、均等に、達成していると言えます。RC20の後半には、家庭、地域、学校、子どもの交友関係を通して、経済格差がアウトカムに影響することを示しています。これらの資源の格差は、日本においても見られます。しかしながら、その格差が、子どものアウトカムに影響する度合いは、日本は比較的に小さいのです。これが、公共教育や保健サービスが普遍的に提供され、その質がどのような層の子どもたちに対しても保たれているからなのか(すなわち、国や自治体がよい政策をしているからなのか)、そもそもの日本人の子どもの資質が比較的に均等だからなのかはわかりませんが、よい結果と言えるでしょう。

一方で、社会的スキルについては、41カ国中の13番目に低くなっており(Fig.11)、日本の経済格差から見ると高くも低くもないことがわかります(Fig.13)。また、自殺率(44カ国中4位、Fig.8)、生活満足度(37カ国中12位、Fig.9)は、これらは日本の数値は悪い結果となっています。これらは、国内の経済格差との関係が比較的に薄いアウトカムであり、日本のパフォーマンスがよくない理由は、経済格差だけでなく、それ以外の子どもを取り巻く環境にあることが示唆されます。

2.経済格差と子どものウェルビーイングを結ぶ経路

報告書の後半においては、前半で確認した「経済格差 ⇒ 子どものウェルビーイング」の関連がどのような経路を通って影響するのかを分析しています。分析の枠組みは、複数の層からなる子どもの環境です(Fig.18)。最も外側にあるのが、世界の経済情勢や国の政策によって引き起こされる経済格差です。そして、経済格差によってまず引き起こされるのが「資源」の格差であり、ここでは「世帯」「地域」「学校」が議論されています。そこから、「ネットワーク」、「対人関係」、「活動」の層へと経済格差の影響が広まっていき、最後が子どものアウトカム、すなわち、ウェルビーイングです。

ここでは、各層における日本の状況を見ていきましょう。

資源の層の一つ目が「世帯」における資源です。これは子どもへの直接投資(例えば、教育費)だけでなく、不十分な食料や、家族旅行、世帯内の物品の有無なども、子どものウェルビーイングに影響することがわかっています。RC20は、特に子どものフード・インセキュリティ(Food insecurity)について喚起しています。セキュリティとは「安全保障」を意味します。「食の安全保障」と言うと、日本においては、海外からの輸入が日本の食の大きな部分を担っていることにより、日本全体の食料品の供給体制について用いられることが多いです。しかし、海外では「フード・インセキュリティ」という言葉は、個人や世帯が経済的やその他の理由によって十分に食事ができないことを指します。Fig.19においては、先進諸国においても少なくない子どもが金銭的な理由で食事を摂れなかったことがあることがわかります。データは、PISA調査が出典であり、日本もこの調査に参加しているのですが、この設問が日本の調査票には含まれないため、Fig.19に日本の数値はのっていません。

そこで、日本の子どものフード・インセキュリティを他国と比べるために、近似の数値を探してみました。PISA調査は、15歳の子どもを対象としており、過去30日間の経験を聞いています。筆者が行った「子どもの所有物と体験調査」(n=3,263)(東京都立大学子ども・若者貧困研究センター、2025)では、全国から二段階無作為抽出した0~18歳の子どもとその保護者に同様の質問を回答してもらっています(10歳以上は子ども本人と保護者の両方が回答)。そこで、Fig.19と同じく、15歳の子ども本人の回答を見ると(n=178)、「1日3回の食事」が「できない」と答えたのは3.9%でした(この数値は3回の食事を摂りたくない(例えば、朝食を食べたくない等)の回答は含まれません)(図4)。Fig.19にて、この数値を比較すると、韓国と同位の上から5番目となり、比較的に子どものフード・インセキュリティは少ないことがわかります。しかしながら、25名に1名の子どもが「1日3回の食事」が「できない」と答えていることは、日本においても決してこの問題が小さいとは言えない状況です。

その他の資源として、RC20では、住居の状況や保護者の就労状況を挙げています。住宅の狭さや、劣化状況、近隣地域の騒音・公害、犯罪率、遊び場、また、保護者の就労のストレスや精神状況への影響などは、子どものウェルビーイングに影響することがわかっています。重要なのは、これら子どもに影響を与える事象が、経済状況によって左右されていることです。経済状況が厳しい世帯ほど、住居が狭く、劣悪な家屋の割合が高く、保護者のストレスや精神状況の悪い確率が高いのです。

子どもを囲むもう一つの単位が学校です。学校の質の格差も経路となります。RC20は、中でも、学校間の格差を際立たせるメカニズムとして学校のsegregation(分離)を挙げています。先に見たように、学力は経済的格差の影響を大きく受ける項目です。その背景の一つにsegregation度がある可能性があります。RC20の分析によると、Segregation度が高い国は、社会階層による学力の差が大きく(Fig.22)、平均的にも学力が低い(Fig.23)です。日本はSegregation度が中位であるにも関わらず、学力格差が小さく、平均学力が高い国です。これは、日本の学校制度や教師たちががんばってきている証拠です。しかし、現在、日本のSegregation度はどんどん高まってきています。近年、都心においては、小学校からも私立学校に通う子どもも増え、これらは当然ながら、社会経済文化的背景によって大きな差があります。Segregation度が高まるなかで、どれほど均一な質の教育を提供することができるのかが、今後の日本の子どもの学力スキルを維持できるかに大きく影響すると考えられます。

最後の層が、「子どもの世界」です。RC20では、子どもの対人関係(家族、友人とクラスメート)、活動(食生活、運動、宿題、アルバイト)においても、経済格差による差があることが示されています。日本についても、アルバイトをしている割合(15歳)は、殆ど社会経済文化的背景による差はありませんが、宿題をする割合については差があることが指摘されます(Fig.25)。最後には、子ども自身の声を聴くために、チリ、コロンビア、アイルランド、イタリア、スペイン、スイスの13-14歳の子どものフォーカス・グループ・インタビューの結果が示されています。

3.政策提言

RC20の最終章にある社会への提言は日本にも当てはまります。必要なのは、子ども間の経済格差を縮小させることです。「格差」の縮小であり、子どものある世帯全体の底上げではない点に注目してください。現在、日本は、経済格差の影響が比較的に子どもに及んでいない国であると言えます。しかしながら、格差の影響は時間差をもって現れる可能性もあります。子どもの世界に目を向けると、子ども間の格差は拡大傾向にあると考えられます。実際に、80/20率で見ると、下の20%の子どもたちは、上の20%の子どもたちの6分の1の所得しかない世帯で暮らしています。教育の無償化などの政策はとられていますが、それがかえって子どものウェルビーイングの格差を拡大させているなどの指摘もあります。RC20からのレッスンは、貧困率の減少は、格差縮小の一部ではありますが、中間層と高所得層の格差についても、対処する必要があるということを示唆しています。

 

参考文献

Kachi et al. (2021) Socioeconomic Status and Overweight: A Population-Based Cross-Sectional Study of Japanese Children and Adolescents

Wilkinson, R. & Pickett, K. (2009) The Spirit Level: Why Equality is Better for All, Penguin UK. (和訳 ウィルキンソン・ピケット著酒井泰介訳『平等社会』東洋経済新報社、2010)

東京都立大学子ども・若者貧困研究センター(2024)『子どもの所有物と体験調査』

 

* * *

[i] 「アウトカム」とは、子どものウェルビーイングの状態について、子どもの健康、学習、生活満足度など、測定可能なかたちで示したものである。

[ii] 「χ²(カイ二乗値)」は、実際のデータと「もし関係がない(差がない)」と仮定した場合のデータとの差の大きさを表し、値が大きいほど 「単なる偶然では説明しにくい差がある」ことを意味します。
この値とあわせてみる「p値」は「本当は差がないとした場合に、今回のような差が偶然に起こる確率」を表します。例えば、 p = 0.04 は4%の確率でしか偶然では起こらない差という意味です。p < 0.05 は、「統計的に有意(意味のある差がある)」を示し、「社会経済文化的背景が上位の子どもの方が生活満足度が高い」という傾向は、統計的に意味のある差であることを表します。因果関係ではなく、関連性のみを表します。

 

 

 

関連ページ