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日本ユニセフ協会

レポートカード19

ユニセフ イノチェンティ研究所レポートカード19
「予測できない世界における子どものウェルビーイング」
日本の結果へのコメント

阿部 彩
(東京都立大学教授 兼 子ども・若者貧困研究センター長)

 

1.日本の子どもたちの動向:RC16からRC19

 

ユニセフ・イノチェンティ研究所による先進諸国の子どもの幸福度レポート・カード19(RC19、以下「本報告書」)は、2020年に公表されたレポート・カード16(RC16)と同じ指標を用いた内容であり精神的幸福度、身体的健康、スキルの3つの分野についてそれぞれ2つの指標に基づいて順位が計算されている。日本の総合順位は、RC16の20位(38カ国中)から14位(36カ国中)と上昇している。分野別では、精神的幸福度は37位から32位、身体的健康は1位のまま、スキルは27位から12位となっている。

重要なのは、RC16からの5年間で、子どもの状況がどのように変化したかである。この間、世界中の子どもを襲った最も大きな危機は新型コロナ・ウィルス感染症の拡大であろう。この間、多くの国において長期間に渡る休校やロックダウンが行われ、子どもの生活や行動様式も多くの変容を強いられた。既にユニセフやWHOなどが指摘しているように、コロナ禍の子どもたちへの影響は大人への影響よりも深刻であった。現在においてもロング・コビット(Long COVID)といった形で身体的健康が脅かされている子どもが存在するが、そのような深刻なケースだけでなく、すべての子どもにとっても、子ども期の重要な数年をコロナ禍に育ったことによる影響が懸念される。

RC16からRC19までの日本の子どもの指標の値を確認しよう(表1 RC19日本版ハイライト再掲)。注目したいのは、順位ではなく日本の値の変化である。6つの指標のうち、改善が見られたのは4つの指標である。以下、日本の子どもの状況の変化について、分野別に考察を述べる。

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2.精神的幸福度

 

精神的幸福度は、生活満足度と自殺率の2つの指標から測定されている。生活満足度は、1(不満足)~10(満足)のスケールで5以上の数値を答えた15歳の子どもの割合であり、この年齢層の子どもの平均的な状況を表していると考えられる。この値で見ると、RC16、RC19ともに、日本の値は中間であるが、特徴的なのは、日本が対象国の中で唯一、この指標が改善した国であることである。この間、他国においては、この指標が減少しており、10ポイント以上減少した国も見られる。この要因について、報告書では述べられていないが、コロナ禍における休校期間(週)の短さ(報告書, 表3)、この間の子どものいる世帯の経済状況の改善(厚生労働省, 2024)などが考えられる。報告書の分析によると、子どもの生活満足度と関連が強かった要素は、ソーシャル・メディアの頻度の高い利用、いじめ、親との会話の少なさの3つであった。このうち、いじめは、日本は対象国の中では3番目に少ない(報告書, 図10)ものの、親との会話の頻度については最も低い値(報告書, 図8)となっている(ソーシャル・メディア利用頻度については、国別順位が示されていない)。これらの要素は、日本の国内における子どもの生活満足度の格差とも関連しており、これら要因の解消が求められる。

日本の子どもにおいて特に深刻なのは、子どもの自殺率である。日本の子どもの自殺率は、そもそも高い値であり、また、RC16からRC19にかけて最も増加幅が大きく、本報告書では上から4番目の高さとなっている。生活満足度が平均的な子どもの精神的幸福度を示しているのに対し、自殺率は最も厳しく、危機的な精神状況の現れであり、これが悪化していることは大きな懸念材料である。子どもの自殺者数の増加傾向は2024年も続いており、過去最多となっている(図1、文部科学省2025)。子どもの人数の母数は減少していることから、自殺率は自殺者数以上の増加幅となる。また、本報告書では、15歳から19歳の子どもの自殺率を取り上げているが、増加は中学生以下の年齢層にも見られている。特に、増加が顕著なのが、2019年から2020年であり、ここにコロナ禍の影響がある可能性が強いことは否めないであろう。さらに、子どもの生活においてコロナ禍の直接な影響(休校や行動変容など)がほぼなくなった2024年においても、子どもの自殺率が、高水準で、かつ増加していることは大きな問題である。また、近年は女子の自殺率の増加傾向が、男子のそれを上回っていることも注意するべきであろう。

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3. 身体的健康

身体的健康では、死亡率と過体重の子どもの割合の2つの指標が用いられている。5歳から14歳の死亡率については、もともと日本は低い値となっており、また、RC16からは若干の改善が見られる。順位で見ると、13位である。また、5歳から19歳の子どもの過体重の割合は、15.0%から16.3%と悪化しているものの、先進諸国の中では、最も低い値となっており、これが日本の子どもの身体的健康分野にての好成績に貢献している。しかしながら、日本の子どもの過体重率の増加は看過できない問題である。報告書によると、先進諸国においては、親の労働時間と子どもの過体重には少なくとも国レベルにおいては関連がみられる(報告書,図15)。また、日本の子どものデータを用いた研究からも、母親の非典型労働時間(9-5時以外の労働時間)と、子どもの肥満との関連が実証されている(Kachi et al. 2021)。近年、母親の就労率が急増しており(JILPT, 2022)、これによる世帯の所得の上昇などプラスの側面も大きいが、子どもの食生活などのマイナスの側面には留意しなくてはならない。

また、日本において肥満と同様に懸念されるのが「やせ」の問題である。2024年度の文部科学省「学校保健統計」によると、日本の5歳から17歳の多くの年齢において痩身傾向児の割合は過去最高である(文部科学省2025b)。同調査では、肥満傾向児の割合も過去最高を示しており、すなわち、健康的な体重の子どもが減り、両端の子どもが増えている。「やせ」の傾向は、特に女子にみられ、これは日本の若い女性における「やせ過ぎ」の問題に直結している。肥満は健康に影響するが、「やせ」も同様に健康に悪影響を与え、特に女性においては月経異常や、次世代の子どもへの健康(低出生体重児など)にも影響することがわかっている。これらを鑑みると、日本の子どもの身体的健康状況は、順位が1位だと喜んでばかりはいられない状況である。

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4. スキル

最後に、スキルについては、学力スキルと社会的スキルの2つが順位の計算に用いられているが、報告書内では感情的スキルとデジタル・スキルについても触れられている。まず、学力スキルから見てみよう。学力スキルは、データがある38カ国のうち21カ国にて悪化している。報告書では、本報告書で用いられたPISA調査以外の調査結果にも触れ、コロナ禍の前後において子どもの学力低下が顕著であることが指摘されている。日本においては、PISA調査の結果によると、73%から76%とほぼ横ばいの結果であり、これは一見すると安心材料と見られるかも知れない。しかしながら、学力スキルの社会経済的背景による格差は、大きく拡大している(報告書,図25)。2018年から2022年にかけての学力格差の変化を見ると、日本は上から8番目に大きな値となっている。これは、文部科学省の公開資料からも確認できる。図3は、数学リテラシーの学力レベルの分布を社会経済文化的背景(Economic Social and Cultural Status:ESCS)別にみたものである。最も学力が懸念されるレベル1の子どもの割合の変化を見ると、ESCS最上位25%では0.1ポイント増となっているが、最下位25%では1.4ポイント増、最も学力が高いレベル6以上については最上位では5.2ポイント上昇、最下位では1.0ポイントの上昇となっている。すなわち、家庭の社会経済文化的背景による学力格差が拡大している。

まとめると、平均的な学力スキルについては、日本はこの間大きな変化がないが、学力格差は拡大している。学力格差の拡大は、多くの国にて見られており(報告書,図25)、コロナ禍を経たデジタル学習の増加などがその一つの要因の可能性として述べられているが、明らかな答えはわかっていない。わかっていることは、要因が何であれ、学力格差の底辺の子どもにより手厚い教育を施す施策が必要であることである。

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社会的スキルは、「学校で友だちをつくるのは簡単」と答えた15歳の子どもの割合であり、日本はデータが存在する41カ国中29位と懸念すべき状況である。「スキル」の分野では、順位が高い学力スキルと順位が低い社会的スキルの平均順位となっており、この社会的スキルの低さが注目されることが少ないが、これは精神的幸福度とも強く関連する重要な指標である。この指標のRC16からの変化を見ると、改善が見られており、その点は喜ばしいことであるが、依然として課題が大きい項目と言えよう。報告書では、社会的スキルについては追加的な分析はなされていないが、関連する感情的スキルについては、それが家庭の社会経済的背景と関連があることが指摘されている。日本については、感情的スキルのデータがないため言及されていないが、日本においても社会的・感情的スキルにおいての社会経済的背景による格差の存在があることが示唆される。

5.まとめ

RC16からRC19にかけて、精神的幸福度、身体的健康、スキルからみた日本の子どもの順位は、さほど変わっていない。簡潔にまとめると、精神的幸福度の順位が低く、身体的健康については優等生、スキルでは中間と言えるであろう。しかしながら、各分野の中のそれぞれの指標やその動向を、RC16と比較しながら見ると、日本の子どもについての懸念事項が明らかになってくる。特に本報告書で浮き彫りとなったのは、格差の拡大と分布の底辺の子どもたちの状況である。自殺率や、過体重・痩身傾向の子どもの割合、低ESCSの子どもの学力など、一番厳しい状況に置かれている子どもに対する子どもへの支援をより強化する必要があるであろう。これらは、コロナ禍を経て悪化した可能性もあり、「平均的な」子どもを念頭においた政策だけでは、必要な子どもたちに届かないことを胸に刻むべきである。


 

【参考文献】

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